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文箭祥人

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【司法が認めた沖縄戦の実態㉔】一瞬にして孤児になった神谷さん

【司法が認めた沖縄戦の実態㉔】一瞬にして孤児になった神谷さん

77回目を数えた今年の「終戦の日」。それは日本政府が日本軍の降伏を求めたポツダム宣言の受託を内外に示した日だ。しかし激しい地上戦が行われて民間人に多くの犠牲を出した沖縄においては6月23日に日本軍による組織的な戦闘が終わっている。そしてその被害の救済は終わっていない。(文箭祥人) 「南風原(はえばる)の陸軍病院だったと...
【司法が認めた沖縄戦の実体㉒】目の前に赤く日焼けしたアメリカ兵が立っていた

【司法が認めた沖縄戦の実体㉒】目の前に赤く日焼けしたアメリカ兵が立っていた

復帰50年を迎えた沖縄。戦後、なぜ沖縄は施政権の回復が遅れたのか?その疑問はなぜ、沖縄で地上戦が行われたのかという疑問にも直結する。InFactは引き続き愚直に沖縄戦の事実を書き留めていく。(取材、写真/文箭祥人) 沖縄戦当時、原告の大西正子さんは13歳。通っていた真和志村(現在の那覇市)の大道(だいどう)国民学校では...
【司法が認めた沖縄戦の実態㉑】アメリカ軍収容所の実態

【司法が認めた沖縄戦の実態㉑】アメリカ軍収容所の実態

沖縄で組織的な戦闘が終わる2か月余り前、世界遺産・今帰仁城跡で知られる村にアメリカ軍が現れる。それは戦闘の終わりを意味したが、住民の苦しみの終わりは意味しなかった。(文箭祥人) アメリカ軍は1945年4月1日、沖縄中部の西海岸に上陸し北上する。そして8日、今帰仁村に進軍した。 今帰仁村は沖縄本島北部から西に突き出た本部...
普天間飛行場

普天間基地の地に住んでいた家族は米軍の猛攻で死んでいった【司法が認めた沖縄戦の実態⑳】

返還が日米で合意されているアメリカ海兵隊の普天間飛行場。ここにはかつて部落があり人々が住んでいた。そしてそこでも悲劇は起きている。(文箭祥人) 冒頭の写真は現在の普天間飛行場。3000メートル級の滑走路を持つアメリカ海兵隊の航空基地だ。沖縄戦が始まる前、ここには神山や大山など12の部落があり、住民が暮らしていた。アメリ...
【司法が認めた沖縄戦の実態⑲】与那国島の空襲

【司法が認めた沖縄戦の実態⑲】与那国島の空襲

沖縄戦の被害は沖縄本島だけで起きたわけではない。最西端の島、与那国島でも被害は出ている。それは与那国島が日本軍の重要な拠点が置かれたからだ。(文箭祥人) 漁に出るよう命じた日本軍 与那国島。 晴天であれば台湾の山々が見えることもある、日本の最西端の島。 原告、富村初美さんはこの島で生まれ、沖縄戦当時は3歳だった。富村さ...
【司法が認めた沖縄戦の実態⑰】住民を巻き込んだ無差別爆撃で壊滅した那覇

【司法が認めた沖縄戦の実態⑰】住民を巻き込んだ無差別爆撃で壊滅した那覇

沖縄戦ではアメリカ軍が民間人をも巻き込む無差別爆撃を盛んに行い、それによって那覇市は壊滅している。しかし自らも中国大陸で無差別爆撃を行っていた日本政府は国際社会にアメリカ軍の非人道的な行為を訴えることができなかった。(文箭祥人) アメリカ軍が沖縄本島に上陸するおよそ半年前、1944年10月10日、那覇市はアメリカ軍の空...
【司法が認めた沖縄戦の実態⑯】終戦の日、弁護団長が語った沖縄戦と裁判

【司法が認めた沖縄戦の実態⑯】終戦の日、弁護団長が語った沖縄戦と裁判

沖縄戦での被害救済を求める原告の訴えは認められなかったが、原告の訴える被害の実態は認められた。その沖縄戦から76年目となる終戦の日に、この裁判を弁護団長が振り返った。(文箭祥人) 2021年の8月15日。終戦の日、政府主催の全国戦没者追悼式で菅義偉首相が式辞を述べた。 「今、すべての御霊の御前にあって、御霊安かれと、心...
【司法が認めた沖縄戦の実態⑮】繰り返される日本兵の「出ていけ」

【司法が認めた沖縄戦の実態⑮】繰り返される日本兵の「出ていけ」

「出ていけ」。沖縄戦の住民の言葉に当然の様に出てくるのがこの日本兵の言葉だ。日本軍は自宅を失って壕などに隠れている住民を守るどころか、「出ていけ」の一言で追い出した。最高裁が認めた住民の陳述書から見えてくるのは、その日本軍の言葉が沖縄戦での住民の被害を大きくした事実だ。(文箭祥人) 1945年5月末、当時3歳と6か月だ...
【司法が認めた沖縄戦の実態⑭】忘れられない壕の臭い

【司法が認めた沖縄戦の実態⑭】忘れられない壕の臭い

6月23日、沖縄は「慰霊の日」を迎える。1945年のその日、沖縄で日本軍による組織的な戦闘が終わった。第二次世界大戦において、日本固有の領土の中で唯一となる地上戦を経験した沖縄。その苦しみは今も続いている。この連載は、その記録だ。(文箭祥人) 「梅雨時になると、避難していた壕のカビくさい臭いを思い出すので、つらいです」...
【司法が認めた沖縄戦の実態⑬】日本兵は立ち退きを拒否すると「みんな殺す」と日本刀を抜いた

【司法が認めた沖縄戦の実態⑬】日本兵は立ち退きを拒否すると「みんな殺す」と日本刀を抜いた

アメリカ軍の激しい砲弾と日本兵の横暴に翻弄された沖縄県民。その苦しみは援護法という理不尽によって戦後も続くことになる。(写真:沢岻孝助さん提供/ 文箭祥人) 「父は村役場の課長、母は人を雇って農業をしていて、生活は裕福でした」 原告の沢岻(たくし)孝助さんは陳述書で、沖縄戦が始まる前の生活をこのように書いている。沢岻さ...
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