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なぜ子供の戦争被害は深刻化したか?(2)市川ひろみ 武器が生活空間に流入 好奇心で巻き添えも

冷戦後の世界で噴出した「非正規」の戦争・紛争によって、子供たちの生活圏内に武器が持ち込まれ、兵士への攻撃の巻き添えになる危険性も増大させた。子供たちは旺盛な好奇心や知識の乏しさから危険物に近寄ってしまうケースも発生する。また成長途上にある子供ゆえに傷の回復に苦痛と困難が伴うこともある。京都女子大の市川ひろみ教授による連載の二回目。(整理/石丸次郎)

受講する各国のジャーナリスト、マスコミ研究者。
町の商店や学校は閉鎖されたまま。子どもたちは「学校にいきたい」と話した。シリアのアレッポ県コバニにて、2014年12月撮影玉本英子(アジアプレス)

好奇心が犠牲を招く
戦場となった日常生活の場には、子どもたちにとって危険なもの-小火器、地雷、不発弾などが数多く持ち込まれる(9)。大人はそれらの危険性について知識があり、注意を喚起する標識も読むことができるが、子どもは背が低いため標識を発見しにくいし、字が読めないかもしれない。
子どもは知識・経験に乏しく危険かどうかの状況判断力は未熟である一方で、強い好奇心をもち合わせている。危険とは思わずに、不用意に不発弾に触れたりする。貧しい子どもたちはゴミ拾いを仕事にしていることも多く、危険物に触れやすい。地雷・不発弾によって汚染された地域に住む子どもたちにとって、家畜の放牧、水汲み、通学、ボール遊びなどの日常の活動が命がけのものとなる(10)。
幼い子どもたち、特に男の子は、好奇心からしばしば兵士の周りに集まってくることがあり、兵士が攻撃されたとき、巻き添えに遭いやすい(11)。子どもたちが米軍に近寄ってきた様子を、陸軍兵士としてイラクに2005年から1年間派遣された経験をもつスコット・ユーイングは、次のように証言している。
「タル・アファルという人口20万人ほどの市に入って最初に気づいたのは、子どもたちがあまり怖がりもしないで私たちの車輌に接近してくることでした。(中略)まもなく私たちはお菓子を袋に入れて持っていくようになり、ブラッドレー戦闘車の銃塔にいる連中がそれを車輌の両側に投げました。子どもたちはみな、車輌の側面に殺到してなかなか立ち去らず、お菓子を取り合いました(12)」。
成長過程にある身体がリスク高める
幼い子どもは身体が小さく、怪我が重傷になりがちである。身長の低い子どもは、地面に近いところにいるため、地雷やクラスター爆弾などの不発弾が爆発すると、大人より重大な傷となる。
爆発物による負傷は、小さな子どもの場合、青少年や大人よりも体の表面積に対してより広い範囲が傷つく。銃創の場合も、大量失血に至りやすく、青少年や大人と比べてショック状態になるリスクが高い。
受講する各国のジャーナリスト、マスコミ研究者。
町の商店や学校は閉鎖されたまま。子どもたちは「学校にいきたい」と話した。シリアのアレッポ県コバニにて、2014年12月撮影玉本英子(アジアプレス)

負傷した場合、青少年は強い回復力を示すが、幼い子どもは脆弱である。バクダッドにある第31米軍戦闘支援病院(combat support hospital: CSH)の、軍関係者および市民すべての患者データベース(2003年12月~2004年12月)に基づく調査によると、病院内での死亡率は、9歳以上は4%だったのに対して、8歳以下の子どもは18%であった(13)。
四肢切断、火傷、刺し傷、鼓膜破裂、失明など様々な傷を負った子どもには、成長期特有の困難さも伴う。切断された四肢が成長して縫合部分が痛み、手術を繰り返さなければならないこともある。
義手・義足を使えば生活の質が改善されるが、子どもは成長が早く、大人であれば再調整はおよそ5年毎でよいが、小さな子どもの場合には半年~1年毎に作り直す必要がある。再調整は、苦痛を伴うものであるだけでなく、経済的な負担ともなる。やけどや切断手術を受けた子どもには、発達の遅れが見られるとする研究もある(14)。
劣化ウラン弾による居住地域の放射能汚染も、大人と比べて子どもに深刻な被害をもたらす(15)。劣化ウラン弾は、戦車の装甲などの鋼鉄に衝突して燃焼した際に超微粒子となって大気中に拡散し、土壌・水に入り込む。劣化ウラン弾による攻撃を受けた戦車や建物は、放射線を放出し続けるため、空間的にも時間的にも限定できない無差別的被害を及ぼす(16)。
放射能の与える身体へのダメージは、年齢が低いほど大きい。子どもの細胞は成人に比べてより頻繁に分裂を繰り返すため、放射線によって損傷を受けた遺伝子が速く増殖する。1990~91年の湾岸戦争後、イラクでは白血病など小児癌の顕著な増加が確認されている。流産や死産、奇形胎児も増加している。
病気や障害を負った子どもには、医療をはじめとして特別のケアが必要である。それらを提供することは保護者にとっては重い負担となるため、必要なケアを受けられない子どもも多い。
ほとんどの紛争地では、特別なニーズの子どものための特別な医療・福祉サービスは提供されていない。世界保健機構(WHO)によれば、途上国では、障害のある子どものうち5%しか、リハビリを含む社会的サービスを受けられない。
義足や義眼などの人工器官は、それを必要とする子どもたちの10~20%にしか供給されていない。障害に応じた教育を受けるためにも費用がかさむ。国連児童基金(UNICEF)によれば、学校に通っているのは、障害のある子どもの2%以下に留まる(17)。さらに、障害者に対する差別のある社会では、被害にあった子どもは社会的に弱い立場に追いやられてしまう。(続く)
※本稿の初出は2014年6月発行の「京女法学」第6号に収録された、市川ひろみさんの論考『冷戦後の戦争と子どもの犠牲』です。

<<執筆者プロフィール>>

いちかわ・ひろみ

 
京都女子大学法学部教授。同志社大学文学部、大阪大学法学部卒業。神戸大学法学研究科修了。専門は国際関係論・平和研究。著書に『兵役拒否の思想─市民的 不服従の理念と展開』(明石書店)。共著に『地域紛争の構図 』(晃洋書房)、『国際関係のなかの子ども』(御茶の水書房)ほか。

<<【以下注】>>

 
9武器の蔓延がもたらす子どもの被害については、市川ひろみ「ミクロの視点からみた地域紛争―紛争の担い手と『戦後』―」、月村太郎編著『地域紛争の構図』晃洋書房、2012年、277~278頁参照。
10地雷、クラスター爆弾、劣化ウラン弾による子どもの被害については、市川ひろみ「戦争後の子ども-終わらない戦争・見えない脅威-」、初瀬龍平、松田哲、戸田真紀子編『国際関係のなかの子ども』御茶の水書房、2009年、125~130頁参照。地雷による被害者のうち、軍関係者は15%にとどまる。
11 Renee I. Matos, John B. Holcomb, Charles Callahan, Philip C. Spinella, “Increased Mortality Rates of Young Children With Traumatic Injuries at a US Army Combat Support Hospital in Baghdad, Iraq, 2004”, Pediatrics, Vol. 122, No. 5, November 2008, Downloaded from www.pediatrics.org by on December 27, 2009.p. e963
12反戦イラク帰還兵の会/アーロン・グランツ(TUP訳)『冬の兵士 イラク・アフガン帰還兵が語る戦場の真実』岩波書店、2009年、95頁。
13 Matos, et. al ., op. cit. p. e962.
14 Shechter, M. and Holter, F., “The Child Amuutee”, Noshpitz, J., ed., The Basic Handbook of Child Psychiatry, Vol.1, 1979, New York, Basic Books, Galdson, R,’The Burning and Healing of Children’, Psychiatry, 35:57-66, Earl, E., “The Psychological Effects of Mutilating Surgery in Children and Adolescents”, Psychoanalytical Study of the Child, 34:527-546, quoted from Mona S. Mcksoud, “Assessing War Trauma in Children: A Case Study of Lebanese Children”, Journal of Refugee Studies, Vol. 5, No.1, 1992, p.3
15 1991年の湾岸戦争を初めとしてその後、ボスニア、コソボ、アフガニスタン、イラクでも使用された。嘉指信雄、森瀧春子、豊田直巳編『終わらないイラク戦争―フクシマから問い直す―』勉誠出版、2013年、125~126頁。
16 嘉指信雄、振津かつみ、森瀧春子編『ウラン兵器なき世界をめざして―ICBUWの挑戦―』合同出版株式会社、2008年、7頁。
17 Graca Machel, The Impact of War on Children, Hurst & Company, 2001, p.67.

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