「大阪の新型コロナ新規感染者のうち日本人は一人も確認されていない」との投稿がネット上で拡散した。大阪府は国籍別の感染者数を公表していないので「確認されていない」は誤りとは言えないが、府の担当者は感染者の中に日本人がいることを明らかにした。このため、感染者に日本人がいないとの印象を与えるこの投稿はミスリードだ。(武藤珠代/立岩陽一郎)
(編集長追記)この記事では当初、投稿を「誤り」としていましたが、投稿した橋本琴絵氏の要望を受けて再度、確認取材をしました。このため、 5月12日に指摘を受けて以降、記事を一度サイトから外し記者による再取材を実施しています。 その結果、投稿は必ずしも「誤り」とは言えないものの、誤解の余地が大きい「ミスリード」と判定を修正しました。以下の記事ではその経緯も併せて記載します。
大阪は、古墳時代から外国人の流入があり、寛容な地。 それが今日、過去最多1260人の感染確認となりました。 当然、このうち日本人感染者は1人も確認されていません
(Twitter、2021年4月28日投稿。強調は筆者による)
【ミスリード】 大阪府の担当者は問い合わせに対し「4月28日の新型コロナ新規感染者のうち日本人はいた」と回答。しかし、国籍の確認の詳細については公開対象とはなっていない上に、個人情報にあたるため明らかにできないとした。このため、言説にある「日本人感染者は1人も確認されていません」は「誤り」とは断定できない。一方で、この投稿はあたかも日本人感染者がいないかのような印象を与えるものでありミスリードだ。
この投稿をしたのは、2017年衆議院議員選挙元候補者(比例中国ブロック希望の党・落選)の橋本琴絵氏。投稿は5月9日現在までに300件以上のリツイート、1200件以上のいいねを獲得している。
国籍は公開していない
4月28日の大阪府のPCR検査新規陽性者数が1260人であったことは、大阪府の公式発表(4月28日・新型コロナウイルス感染症患者の発生および患者の死亡について)で確認できる。しかし、府は感染者の国籍を公表していない。
府の保健医療室感染症対策企画課の担当者に問い合わせたところ、以下の回答を得た(強調筆者)。
質問:大阪府の4月28日の新規感染者のうち日本人が一人も確認されていないというのは事実か。
回答:そのような事実はありません。質問:日本人がいたということか。
回答:大阪府の4月28日の新規感染者のうち、日本人がいたということです。質問:新規感染者のうち、日本国籍・外国籍の割合はどのくらいか。
回答:国籍は公開しておりません。質問:おおよその割合は明かせないか。
回答:日本人のほうが多いという認識です。質問:感染者の国籍を公表していないのはなぜか。
回答:大阪が独自に作成した基準が、国籍を公開対象としていないためです。大阪府は感染防止にあたって必要かどうかなどを判断した上で、独自の情報公開基準を定めています。
大阪府独自の情報公開基準
つまり、橋本氏が指摘した4月28日に大阪府内で確認された感染者1260人の中に日本人の感染者は確認されており、数字や概要は明らかにしなかったが、日本人の感染者の方が多いということだ。
大阪府独自の個人情報公開基準は新型コロナ患者発生状況のページから確認できる。それによれば、府では従来年齢、性別、職業などの情報を患者ごとに個票として公開していたが、2020年11月16日からは個票を廃止し、性別、年代別、市町村別の人数のみを公表している。いずれも、国籍の情報は含まれない。(下図「④患者情報」参照)
厚労省の情報公開基準
一方、厚生労働省では2020年2月、一類感染症患者の個人情報について公開基準を提示。ここでは居住する国や都道府県などが公開情報に含まれ、国籍は「公表しない情報」の中に含まれている。国籍ではなく居住地を公表する理由は「国籍では一時的な旅行者か長期滞在している者か分からないため」とされ、「個人が特定されないように配慮する」ことを求めている。
自治体の中には、日本国籍・外国籍のような区別を公開している所もある(例:埼玉県坂戸市)。基準について厚労省結核感染症課の加藤琢磨氏に問い合わせた。
質問:現在新型コロナウイルス感染症においてもこの基準は適用されるか。
回答:新型コロナウイルスも一類感染症に含まれますから、対象ということになります。質問:基準は各自治体が従うべきものなのか。
回答:この基準は、各自治体が独自に公表基準を定める際に参考にしてほしい、という意図で公開されています。そもそも自治体に罰則を科すという概念はありませんし、拘束力はありません。質問:自治体独自の判断で国籍が公開されていても特に問題はないということか。
回答:あくまで自治体独自の判断に任せています。個人情報保護の観点と感染対策・公共の利益の観点を両立させる必要がありますから、どういう情報を公開すべきなのか、参考にしてほしいということです。質問:どのくらいの数の自治体が独自に公開基準を設けているか、国は把握しているか。
回答:そのような状況については把握していません。
つまり、自治体によっては独自の基準で国籍を確認しているところも有るということだ。しかし国の基準には国籍を確認するという要件は無く、大阪府もそれと同じ基準で公表している。
厚労省発表における陽性者国籍の扱い
厚労省ホームページで公開される日々の新規陽性者数=新規感染者数では、当初は国籍情報はなかったが、その後メディアの要請などを受け日本国籍と判明している人数が記載されるようになった。その後、それ以外の人数が全て外国籍であるかのような誤解が生じたことから、さらに外国籍と判明している人数の記載も加わっていた(経緯は2020年5月インファクト記事を参照)。
しかし、これも自治体からの情報を集計したもので、自治体によって国籍を集計しているところもあれば集計していないところもあり、「それ以外」の全てが外国籍ということではない。
2020年5月以降はこの表記もさらに変更され、現在「日本国籍が確認されている者」「外国籍が確認されている者」の数は、ページ下部の参考資料中にある「新型コロナウイルス感染症の国内発生動向」の文書まで辿ることで初めて見られるようになっている。値は一週間ごとに更新される。(参照:2021年4月28日分・4ページ)
記載の場所が変わったのはなぜか。問い合わせに対し、厚労省新型コロナウイルス対策本部の担当者は以下のように回答している。
質問:記載の場所が変わったことに関して、「感染者のほとんどが外国人」という誤った情報の影響はあるのか?
回答:そのような情報の影響はあると思う。
橋本琴絵氏は、東京都の感染者に関しても類似した言説をツイートしている。しかし、東京都でも感染者の国籍は公表されていない。
InFactの指摘に対して橋本氏は次の様にコメントした。
「(橋本氏の指摘を)否定する場合、『◯月◯日の日本人感染者は◯人』という具体的事実が必要です。『いない』と『確認されていない』は同じ意味ではありません。宇宙人は確認されていないという事実は、宇宙人がこの世にいないという意味ではありません。ツイート文言の通り、日本人感染者は1人も確認されておらず、また1人も公表されていないため、感染者属性の情報公開がいま必要である」。
加えて、大阪府が感染者の日本国籍を確認したのであれば、どのような形で確認したのかとの問い合わせがあった。このため、InFactが再度、大阪府感染症対策企画課に確認したところ、以下のやりとりとなった。
質問:前回、「4月28日の感染者の中に日本人がいた」と答えているが、それを訂正するのか?
回答:「4月28日感染者の中に日本人がいた」に間違いはない。以前の回答を訂正する必要はない。
質問:なぜ国籍を確認していないのに「日本人がいた」と言えるのか?具体的な事例を教えてくれないか。
回答:国別に〇〇国は何人、というように集計している訳ではなく、公表もしていない。一方、府として個別事例の状況は把握している。そのため「日本人がいたということで間違いはない」と回答した。これは今回問い合わせを頂いたため申し上げていることであって、公表する情報ではない。個別事例について詳しく述べることはできない。
以上が、大阪府の担当者とのやり取りだ。
つまり、感染者に日本人がいることは間違いないとしつつも、橋本氏が求める国籍確認の具体的な内容は明かされなかった。関連して取材した堺市では、「市は確認を求めていないが現場の保健所では確認している」との話は有ったが、それでも十分な説明ではない。 橋本氏の投稿についてInFactは当初「誤り」と判定したが、具体的な根拠をもって事実を伝えるInFactの取材の理念から考えると「誤り」とは言えない。
その一方で、橋本氏の投稿は全体から、「日本人の感染者はいない」との印象を与えるものとなっている。そこでInFactは再度、橋本氏に以下の質問を出した。
『大阪は、古墳時代から外国人の流入があり、寛容な地。それが今日、過去最多1260人の感染確認となりました。 当然、このうち日本人感染者は1人も確認されていません』という橋本様の指摘は、日本人感染者がいないという意味ではなく、大阪府は国籍を確認していないということを述べただけという理解でしょうか?
これについての回答は現在のところ無いが、回答が有り次第、掲載したい。
結論
4月28日の大阪の新型コロナ新規感染者のうち「日本人は一人も確認されていない」との指摘は、感染者の中に日本人がいないかのような事実と異なる印象を与えるもので、ミスリードだ。
以下がInFactが使っているFIJのレーティング=判定基準だ。ミスリードは、「一見事実と異なることは言っていないが、釣り見出しや重要な事実の欠落などにより、誤解の余地が大きい」という言説に対する判定だ。