国の「ワクチン・検査パッケージ」の制度要綱には(参照)複数の弁護士会から、憲法上の権利を侵害するとして当該制度に反対する声明が発表されるなど懸念が生じている。国や地方自治体は憲法違反の可能性に留意して制度設計を行っているのか、その現状を調べた。(田島輔)<追記あり>
「ワクチン・検査パッケージ」とは
「ワクチン・検査パッケージ」とは、利用者がワクチン接種証明か陰性証明を所持している場合には、緊急事態宣言下等であっても行動制限を緩和する制度だ。11月19日に新型コロナウイルス感染症対策本部が発表した。
それによると、適用範囲としては、「飲食」・「イベント」・「移動」が挙げられており、事業者が利用者のワクチン接種証明等を確認することで、飲食での利用者の人数制限、イベントの収容人数上限といった制限が緩和される(参照)。
もっとも、「ワクチン・検査パッケージ」の実施は、望まないワクチン接種を強いられることや、未接種者への差別を生じかねず、自己決定権(憲法第13条)、平等権(憲法第14条第1項)といった憲法上の権利を侵害するとの懸念が、埼玉県弁護士会、兵庫県弁護士会、神奈川県弁護士会から発表されている(参照1、参照2、参照3)。
確かに、「ワクチン・検査パッケージ」が実施されることで、ワクチン未接種者が自由にレストランやイベントを利用できず、望まないワクチン接種を強いられることになれば、深刻な人権侵害を生じかねない。また、感染対策のためにレストランや宿泊施設が「ワクチン・検査パッケージ」の利用を事実上強制されるならば、営業の自由(憲法第22条第1項)を侵害することにもなるだろう。
このように、「ワクチン・検査パッケージ」は運用方法によっては、憲法に規定される基本的人権の侵害を引き起こすことが容易に想像できる。では、その制度設計にあたり、専門家の意見を聴くなどして、憲法違反を回避するための方法は検討されているのだろうか。
国・自治体は該当する文書を保有していない
そこでInFactで、「ワクチン・検査パッケージ」の制度設計にあたって、憲法違反を避けるためにどのような考慮を行ったのか、国・地方自治体に、憲法違反を回避するための方法を検討した際の資料を情報公開請求した。
情報公開請求は、「ワクチン・検査パッケージ」を所管している内閣官房、観光庁、デジタル庁、東京都、そして、「ワクチン・検査パッケージ」の技術実証実験第一段に参加していた13の道府県(参照)に対して行った。
開示を求める文書は以下のようにした。
「ワクチン・検査パッケージ」の実施検討に関し、当該施策が移動の自由、営業の自由、思想・良心の自由、平等権、幸福追求権その他の憲法上の権利を侵害する可能性の検討、及び、当該施策が憲法違反となることを回避するための方法を検討する際に使用・作成した文書、メモ、その他電磁的記録すべて。
これに対して、国・地方自治体からの回答は以下のとおりだ(11月30日現在、観光庁、デジタル庁、東京都からは文書の開示・不開示の決定が届いていないため、決定があり次第、追記する。)。
基本的に、地方自治体としては「ワクチン・検査パッケージ」は国が制度設計するものという考えである一方、国としても憲法違反の可能性や回避方法を検討した資料は存在しないという結論となった。
なお、沖縄県からは、開示を求めた文書について公文書開示決定があったものの、具体的な文書は届いていないため、文書の内容が確認でき次第、追記する。
憲法違反の検討はしていない?
一部の県からは、県独自で憲法違反に係る検討はしていないものの、国から示された資料は存在するとのことで、複数の資料が開示された。
埼玉県からは、「ワクチン接種が進む中における日常生活回復に向けた考え方」(9月9日)(参照)、「新型コロナワクチン接種証明の利用に関する基本的考え方について」(9月9日)(参照)が開示された。また、福岡県からは、「ワクチン接種が進む中における日常生活回復に向けた考え方」に加え、「ワクチン接種が進む中で日常生活はどのように変わり得るのか?」(9月3日)(参照)、「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取組」(9月28日)(参照)が開示されている。
しかし、上記の資料には、「(ワクチン・検査パッケージ)を進めるに当たっては、ワクチンを接種していない人々が不利益を被ることがないよう、十分に配慮する必要がある。」などと記載されているものの、どのような配慮があれば、憲法違反となるような不利益を避けることが出来るのか具体的な記載はない。
11月19日に発表された「ワクチン・検査パッケージ制度要綱」でも、特に憲法違反を回避するための配慮については記載されておらず、憲法の専門家に意見を聴くなどといった具体的な検討は、国でもなされていないということだろう。
この点について、内閣官房副長官補(事態対処・危機管理担当)に問い合わせたところ、「私たちの担当部署では、ご請求いただいた行政文書が存在していないということ以上はお答えできない」との回答だった。
また上記要綱では、都道府県知事は、地域の感染状況により、あらかじめ国と協議の上で、国が定めた「ワクチン・検査パッケージ」の適用範囲とは異なる取り扱いをすることが許されている。国が定めるよりも広い範囲で「ワクチン・検査パッケージ」を利用することも可能ということだ。そのため、実際の運用にあたっては、「国が制度設計をしているため自治体では憲法違反の検討は行っていない」という、各自治体の回答では後に問題が生じる懸念もぬぐえない。
さらに、民間業者が、「ワクチン・検査パッケージ」を利用することは原則として自由であり、特段の制限を設けないともされている。
「ワクチン・検査パッケージ」は私人の基本的人権を大きく制約する制度になり得るが、憲法上の限界が検討された様子もなく、権利制約の歯止めとなるようなルールは存在していない。このまま運用が始まれば、感染状況に応じて、なし崩し的に適用範囲が広がっていくということにならないのだろうか。感染状況に配慮しながら市民生活を正常化させる取り組みであるだけに、政府は勿論、自治体も主体性をもって様々な観点から検討を重ねて欲しい。
<12月7日追記>
その後、デジタル庁(12月1日付け)と東京都(12月6日付け)からも、請求した文書については保有していない旨の通知書が届いた。
<12月9日追記>
観光庁からも、請求した文書については作成・取得していないとして、行政文書不開示決定通知書が届いた。
各請求先からの決定通知は以下のとおりだ。
内閣官房