日本で新型コロナワクチンの接種が開始する直前の2020年末、ワクチンの接種を進めるための国民へ情報提供を行う企業の入札が行われた。落札したのは、ヘルスケア分野を専門とする外資系広告代理店だ。では、請け負った業務とはどのようなものだったのだろうか。入手した資料には、「KOL」というインフルエンサーの記述があった。(田島輔)
入札の概要
今回取り上げる入札は、2020年12月18日に発表されたものだ(参照)。
入札案件の正式名称は「新型コロナウイルス感染症のワクチンの情報提供に資するための国民の認識や意向に関する調査及び情報提供資材制作一式」。
開札の日時は2021年1月25日、契約期間は契約日(2021年1月25日)から2021年3月31日となっている。
その結果、入札を落札したのはターギス株式会社という、ニューヨークに本社を置く広告会社オムニコムグループのグループ企業だった。
ターギス株式会社は広告ヘルスケア分野を専門とする広告代理店で(参照)、同社のクライアント紹介のページには、新型コロナワクチンの提供元であるファイザーや武田薬品の名前もある(参照)。
しかし、厚生労働省のホームページで公表されている入札の情報からは、依頼した調査の具体的な内容や意図は分からない。
そこで、厚生労働省に情報公開請求を行い、入札の仕様書やターギス株式会社が提出した提案資料を入手した。
案件の目的は?
まず、仕様書の内容を確認してみよう。
案件の目的欄には、前提として以下の記載があった。
新型コロナウイルス感染症のワクチン(以下、新型コロナワクチン)については、令和2年8月の第6回の新型コロナウイルス感染症対策分科会において、科学的な不確実性がある一方で、国民の期待が極めて大きく、正確な情報を丁寧に伝えていく必要があるとされた。
では、ここで言及されている第6回新型コロナウイルス感染症対策分科会において、どのような議論が行われていたのだろうか。
この会議では、副反応の発生なども含めて正確な情報提供が必要との意見があった一方で、ヘルスケアコミュニケーションプランナーの石川晴巳委員が、「このワクチンの真の課題は、接種を望まない方が多いということだと思う。…情報発信をする前に、国民が現在、ワクチンに対してどのような期待をもっているのか、あるいはどういう疑問や不安をもっているのかということを調べた方がいいと思う。…例えばどういう説明を聞いたらワクチンの接種意向を持てるようになるのかといったような調査をまずやって、そこからコミュニケーションを始めるのが順番だと思う。」と、ワクチン接種を進めるための国民の意向調査に関する具体的方法について発言していた(参照)。
発表された入札は、石川委員の意見に沿ったものになっている。この議論を踏まえての入札だったと見られる。
目的については以下のように書かれている。
国民一人ひとりが新型コロナワクチンの接種に関して、十分な情報をもとに自分自身で接種をするかどうかの判断が行えるように、情報環境整備のあり方を検討する一環として、新型コロナワクチン等に関する知識や認識、接種意向、情報入手経路やニーズ等を明らかにするとともに、メッセージや情報を伝えることにより、知識や認識がどのように変化するのか調査による把握する。
また、調査結果に基づき、国民が自分自身で接種に関する判断を行うことを可能にするための情報提供方法を検討し、最適な情報提供資材等を制作する。
入札の仕様書では、国民が自身で接種の判断を行うことができるよう調査を行うとの中立的な表現にはなっているものの、その目的が、接種を推進するために、どのようなメッセージが有効かを調査することにあると見て良いだろう。
依頼した調査の内容
開示された文書によると、業務の一つに、「1)新型コロナワクチンの知識や認識、意向等に関する定性および定量調査の実施」とある。具体的な説明は次のとおりだ。
現在開発が進められている新型コロナワクチンは、極めて新規性の高い技術が用いられるワクチンであるため、今後、国民が自分自身で接種するかの判断を適切に行えるような環境を整備していく必要がある。情報提供環境の整備のためには、正確な情報を丁寧に伝えることが必須であることから、現在別途、新型コロナワクチンに関するメッセージ案等を作成しているところである。
本調査では、この作成されたメッセージ案等を用いて、受け取った国民の理解度や認識、意向等の変化を把握するとともに、それらに関連する要因を性や年代等の属性別に検討する。また、自分自身で接種するかどうかを選択しようとする際に、メッセージ案等のどのような要素が役立つのかなどを調査によって把握し、メッセージ案を更新するとともに、その結果をもとに「2)新型コロナワクチンに関する情報提供資材の制作」に記載のとおり、情報提供のための広報資材等を制作する。
そして、調査の方法としては、ワクチン接種の必要性が特に大きい50代から80代の男女を対象としたグループインタビュー(定性調査)と20代から70代の男女1200人程度を多少としたインターネット調査(定量調査)が挙げられている。
また、委託する業務は上記の調査に加え、調査結果を基にして、「リーフレット等普及啓発資材」や「厚生労働省が提供しているホームページ等のオンラインコンテンツ」といった新型コロナワクチンに関する情報提供のための資材を制作することも含まれていた。
「KOL」というインフルエンサー
ところで、開示された中には、案件を落札した広告代理店の提案資料が含まれていた。その内容を見てみたい。
提案資料の中に、顧客の「態度変容・行動変容」を目的とした、医薬品に関する一般的なプランニングプロセスの説明があった。医薬品に関しては、患者、医師、MRに対してプロモーション施策を行っていくようだ。
新型コロナワクチンに関しても、例示されたプロセスに沿って、マーケット調査や情報提供のための広報資材等が制作されていったということだろうか。
さらに、資料の中に興味深い内容を見つけた。上の図の左から2つ目の箱の中に注目して欲しい。「KOL」と書かれその上に(Dr)と記されている。これはマーケティングの手法で、「Key Opinion Leader」(KOL)と呼ばれる医療業界で影響力のある医師の組織化について記したものだ(参照)。つまり、インフルエンサーを使ってワクチンの有効性・安全性を周知させるということだ。
新型コロナワクチン関しても、多くの医師や団体が積極的な発言を行っている。このような医師たちがKOLとして組織されているのかどうかまでは不明だが、検証は必要だろう。
正確な情報は丁寧に伝えられたのか?
本入札の仕様書には、新型コロナワクチンについて、「科学的な不確実性がある一方で、国民の期待が極めて大きく、正確な情報を丁寧に伝えていく必要がある」と記載されている。
しかし、ワクチン接種が進むにつれて、心筋炎といった重篤な副反応が新たに明らかとなり、3回目のワクチン接種も実施されるなど、当初の想定とは全く異なる状況になっている。
ワクチン接種を判断する上で、副反応やワクチンによる集団免疫の効果の有無は重要なことであると思われるが、このことに対する適切な情報提供は行われたと言えるのだろうか。
広告代理店にワクチン接種に関するプロモーションを依頼することは否定されることではない。また、このシリーズはワクチンの危険性を煽る目的で書かれているものでもない。政府がワクチン接種を奨励したい考えも理解できる。しかし、そうであれば情報の透明性や正確性が担保されなければならない。それが政府が行うべき、ワクチン接種を奨励する上での最も重要な政策だろう。