夫を戦争にとられた状態が続く家族の中に不公平感が渦巻き始めたウクライナ。その夫たちが送られている最前線はどうなっているのか。新田義貴はその状況を取材するためドネツク州に向かった。(写真・文/新田義貴)
2024年2月17日の午前2時半、キーウでの取材を終えた僕は滞在していたホテルをチェックアウトした。通訳のセルヘイがロビーに迎えに来てくれている。
これから夜行列車に乗って東部ドネツク州へ向かう。ホテルを出てキーウ旅客駅まで10分ほどの道をスーツケースを引きずりながら歩く。ウクライナでは今も戒厳令が出ていて深夜の外出は禁止だが、列車のチケットを持っている僕らは駅まで移動することは許されている。首都の中心部にもかかわらず真っ暗で車もほとんど走っていない不思議な光景は、やはりこの国が戦時下なのだということを改めて思い起こさせてくれる。
キーウ旅客駅に到着し入り口でセキュリティチェックを受けてホームへ向かう。ホームには軍服を着た男たちの姿が多く見られる。ウクライナ軍の兵員不足が叫ばれる中で新たに東部戦線へ送られる兵士なのだろう。かつての日本のブルートレインによく似た寝台列車に乗り込む。
ひとつのコンパートメントに2段の寝台が両側に設置されていて、4名が寝ることができる。下の寝台の両側にすでに2人の女性が座っていたので、僕とセルヘイは梯子で上の寝台によじ登る。車掌に手渡されたシーツを寝台に敷いてベッドメイクをする。やがて列車が動き出すと心地よい振動と疲れからすぐに眠りについた。
それから数時間。午前9時、目が覚めて車内でスマホをチェックしていると衝撃的なニュースが飛び込んできた。激戦が続いていたドネツク州の要衝アウディーイウカがロシア軍の猛攻で陥落し、ウクライナ軍が撤退したというのだ。兵員不足と弾薬不足に加え、総司令官としてこの2年間ウクライナ軍を指揮してきたザルジニー氏が2月上旬にゼレンスキー大統領によって解任されていて、軍内部の混乱が指摘されていた矢先の出来事だった。いずれにせよ、ドネツク州での戦闘が大きな山場を迎えていることを実感させられた。
車窓からは枯れた木立の向こうに小さな丘のようなものが並ぶ風景が流れていく。ここドンバス地方には古くから炭鉱が散在し、丘は石炭を掘った後の捨て石を長年積み上げてできた“ボタ山”だ。かつてはこの地方だけでウクライナの石炭輸出高の30%を算出していたという。20代の頃、福岡に住んでいた頃に筑豊などで見た光景と重なり懐かしい気分になった。しかし2014年に始まったドンバス戦争以降、多くの炭鉱は操業停止を余儀なくされていてウクライナ経済に暗い影を落としている。
午後3時、列車はスロビヤンスク駅に到着。ホームで去年もお世話になった写真家の尾崎孝史さんが迎えてくれた(下写真の右端)。尾崎さんはウクライナのキリスト教系のボランティア団体に所属している。ここスロビヤンスクとザポリージャで2軒のフラットを借り車も持っているので、今回はドライバーとして撮影のサポートをお願いしていた。
さっそく尾崎さんが運転するスズキの四輪駆動車で予約していた町中のホテルに向かう。途中雪が降ってきた。大通りから路地を入っていくと小さなホテルが現れた。ウクライナ軍の軍服を着た女性オーナーがにこやかに迎えてくれた。5部屋ほどしかない小さなホテルだ。1泊5千円ほど。戦場になっているこの地域では多くのホテルが休業していて、泊まれるだけでも実にありがたい。僕らは1週間ほどの滞在だが、長期滞在の場合は空き屋になっているフラットを借り上げるジャーナリストも多い。
チェックイン手続きをしていると、天井の上から「ドーン、ドーン」と大きな音が聞こえる。聞いてみると、2階がボウリング場なのだという。この日は土曜日なので非番の兵士たちが休日を楽しんでいるようだ。夜、セルヘイと尾崎さんと近くのケバブレストランで食事をした。店内にはドンバス地方の風景画やシャンデリアが掲げられていて洒落た雰囲気だが、客は自分たち以外には軍服を着た兵士が数人いるだけだ。中東の代表的な料理であるケバブと共に、ウクライナの家庭料理としてこの戦争が始まってから世界文化遺産にも登録されたボルシチを頂いた。真冬の寒さで冷え切った体にこのスープは本当に沁みる。
ドンバス地方の住民には戦争開始当初から退避勧告が出ている。いまだ残る市民も少なくないが、町で見かけるのは多くが兵士の姿だ。そのため町の経済もいまは軍を中心に回っている。レストランを出て尾崎さんと別れ、私とセルヘイはホテルに戻った。
明日からいよいよ戦闘の最前線の取材だ。長距離移動の疲れもあり、21時には部屋の明かりを消してベッドに入った。相変わらず「ドーン、ドーン」という音が聞こえている。ここ東部は20時以降は外出禁止のはずだが、まだボウリングをしているのだろうか。不思議に思いながら眠りについた。
翌朝、それはボウリングの音ではなかったことが明らかになる。
(つづく)