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「模擬原爆:原爆投下の訓練のためだけに一般人に落とされた爆弾」②

龍野さんがこの爆弾の真相を知ったのは、1990年代になってからのことだった。米軍が長くこの模擬原爆の事実を隠してきたからだ。原爆だけでもその非人道性が非難されている中で、原爆を落とすためだけに一般の人を狙った爆弾投下を行っていた事実は隠したかったのだろう。

大阪市にある模擬原爆の慰霊碑
大阪市にある模擬原爆の慰霊碑

死亡したトシちゃんは龍野さんの姉の親友で、龍野さんとも親しくしていた。爆撃機が飛来した時、空襲警報が鳴ったため、トシちゃんの夫が隣組の組長をしていたため夫の準備を手伝うために自宅に戻っていって被害にあったのだという。

龍野さんは、としちゃんが米兵の訓練のために殺されたと知って、悔しくて涙が止まらなかったという。

「姉と母が、『あの時、自宅に戻るのを止めといたら…』と言いながら、トシちゃんの背中に刺さった無数のガラス片を泣きながら抜いていました。トシちゃんはもうこと切れていて、私は呆然と立っているだけでした。」

その惨劇から70年経った2015年7月26日。この模擬原爆の犠牲になった人を慰霊する集会が開かれた。場所は爆弾が落とされた料亭跡近くの路上。龍野さんをはじめ、広島原爆や大阪空襲の被害者、地元の住民や小中学生など250人が参加した。車2台がやっと行き来できるほどの道路は参加者で埋め尽くされた。地元の有志で数年前から細々と開かれてきた集会は、戦後70年の年に過去最大の規模となった。

龍野さんはその場に集まってくれた小中学生に語り掛けた。そして、トシちゃんについて伝え、次の様に話した。
「戦争っていうのは、本当に理不尽なものなんです。絶対にやっちゃいけません」

原爆での犠牲、そしてその訓練のための犠牲・・・何れも理不尽極まりない。龍野さんは、語りながら悔しさを新たにせざるを得なかった。
しかし、その理不尽な犠牲は大阪だけのことではなかった。(続く)

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