冷戦後に発生した戦争で子供の被害が深刻化している。死傷の増加のみならず、家族が処刑されるなどして心に深い傷を負う、レイプなど性的暴力と兵士の性搾取の対象となる、さらには子ども兵として紛争の当事者となって殺し合いに駆り出されるケースも増えている。「戦争・紛争と市民」をテーマに研究を続ける京都女子大学の市川ひろみ教授に、冷戦後の戦争で、子どもの犠牲がなぜ、どのような形で増大しているのか寄稿してもらった。(整理/石丸次郎)
武装組織イスラム国(IS)は少年に実銃を持たせ、軍事訓練をするプロパガンダ映像をあいついで公開。すでに実際の戦闘現場に送られたり、捕虜やスパイの処刑を強要さられている少年もいる。(イラク・ニナワ県・IS映像)
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国際社会では、武力紛争において子どもを特別に守ろうとする規範が積み重ねられてきた。戦場においても、子どもは敵味方の区別なく、特別に尊重されるべきであるとして、国際社会がこれに取り組むようになったのは、第1次大戦以降である(1)。
1924年、国際連盟において採択された「児童の権利に関するジュネーブ宣言」は、「人類が児童に対して最善のものを与える義務を負う」ことを宣言し、保障されるべき諸権利の中には、危難に際して優先的な援助を与えられる権利が含まれていた。
第2次世界大戦後の1959年に国際連合は、「児童の権利に関する宣言」を採択し、緊急時には「最初に救済を受けるべき」という子どもの権利がうたわれた。1989年に採択された「子どもの権利条約」は、第38条で、武力紛争における児童の保護について定めており、「締約国は、15歳未満の者が敵対行為に直接参加しないことを確保するためのすべての実行可能な措置をとる」と規定している。
さらに、2000年には、「児童と武力紛争に関する児童の権利条約選択議定書」を採択した。ここでは、18歳未満の子どもについて、敵対行為への直接参加や強制徴兵を禁止し、また軍隊への志願が認められる年齢を16歳以上とした。
このような国際的な取り組みにもかかわらず、現実には、冷戦後の戦争において子どもの犠牲は深刻化している。冷戦終結以降の戦争では、少なくとも一方の当事者が非国家アクターであり、市民が攻撃の対象とされる。
子どもも紛争の当事者となり、殺しあう場面が増えた。子どもは成長期にあり、保護を必要とするという特性から、戦争によって大きな影響を被る。本稿では、冷戦終結後の戦争が子どもたちに強いる犠牲を明らかにする。
冷戦後の戦争の特質
1995年から2005年までの10年間に、200万人の子ども(18歳未満)(2)が武力紛争によって命を奪われ、さらに600万人が重度の傷害を負った。2003年から2005年の間には、1,150万人が国内避難民となり、240万人が難民となった(3)。
子どもに大きな犠牲を強いる冷戦後の戦争の特質は、1戦争が子どもの生活に入り込む遍在性、2武器の蔓延、3戦争を規制する諸法が及ばない暴力(4)として捉えることができる。
瓦礫と化したシリア北東部のコバニ(アラブ名アイン・アル・アラブ)の町。2014年12月下旬撮影・玉本英子(アジアプレス)
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冷戦後の戦争においては、正当な武器保持者としての戦闘員と非戦闘員、軍人や警官と犯罪者、大人と子どもといった区別は取り払われ、日常生活そのものが攻撃の対象となる。
人々の間に「恐怖と憎悪」を生み出すために、凄惨な暴力行為の多くが市民に対して向けられる(5)。人々が住む地域に、地雷を敷設し、家屋、病院、市場や水源地などが攻撃される。
人為的に飢餓を引き起こしたり、包囲戦を行うこともある。生活の糧を奪われた人々は、餓死するか、移住を余儀なくされる。恐怖や飢餓に駆り立てられて、戦闘への参加を強いられている人も多く存在する。たとえ、ある人が暴力行為に加わりたくないと思っても、隣人たちから「協力しなければ殺す」と脅されるような状況では、中立的な傍観者でいることは不可能である。
また、冷戦時代の激しい東西軍事対立によって大量に製造された兵器が、冷戦後、余剰兵器として安価に供給され、紛争地域に大量の武器が蔓延するようになった。
主に使用される武器は、ライフル銃などの小火器である(6)。紛争による直接的な死亡のうち60-90%は小火器によるという報告もある。これらの小火器は、大型の武器と異なり汎用性があり、輸送もしやすい。財力がなく、組織化されていない武装勢力であっても、入手が可能である。
旧ソ連が開発したカラシニコフ銃(AK-47)が最も一般的に使用されているライフル銃で、手入れも手軽で、厳しい訓練を必要とするような熟練技術は必要ない(7)。大人と比べて体格の小さな子どもも、十分に使用できる。
冷戦後の戦争では正規軍のみならず、治安部隊、反政府武装集団、民兵、住民など多様な人々が武力を行使する。アフガニスタンやイラクにおいては、多くの業務を民間軍事会社(PMC)・民間警備会社(PSC)が請け負った(8)。軍の業務に携わっているにもかかわらず、軍事会社の社員は「民間人」であり、戦時国際法にも米軍の交戦規程にも拘束されないと主張される。
紛争地の子どもにとっては、戦争が身の回りのどこにでもあり、自分も含めた身近な人々が戦争の当事者となり、相手を対等な存在とみなさない法外で苛烈な暴力に晒されることになる。(続く)
※本稿の初出は2014年6月発行の「京女法学」第6号に収録された、市川ひろみさんの論考『冷戦後の戦争と子どもの犠牲』です。
<<執筆者プロフィール>>
いちかわ・ひろみ
京都女子大学法学部教授。同志社大学文学部、大阪大学法学部卒業。神戸大学法学研究科修了。専門は国際関係論・平和研究。著書に『兵役拒否の思想─市民的 不服従の理念と展開』(明石書店)。共著に『地域紛争の構図 』(晃洋書房)、『国際関係のなかの子ども』(御茶の水書房)ほか。
<<【以下注】>>
(1)現在も活動している「児童救済基金(Save The Children’s Fund)」が1919年に、戦争によって孤児になった子どもたちを救済するために英国に創設された。当時、そのような活動は、敵国を利するものであるという強い批判があった。
(2)子どもの権利に関する条約第1条「この条約の適用上、児童とは、18歳未満の全ての者をいう」
(3)Statement before the Security Council by Olara Otunnu, Under-Secretary-General Special Representative of the Secretary-General for Chilren and Armed Conflict, 23 February 2005,
http://childrenandarmedconflict.un.org/statement/23-feb-2005-security-council/(2014年6月30日)
(4)土佐弘之「世界内戦化と法外な暴力」、『アナーキカル・ガヴァナンス』、御茶の水書房、2006年、5~38頁、寺谷広司「内戦化する世界と国際法の展開-国際法はテロリズムを認識できるか。いかに認識するか-」、『社會科學研究』、 第59巻 第1号、2007年、105~132頁、他。
(5)メアリー・カルドー(山本武彦・渡辺正樹訳)『新戦争論』岩波書店、2003年、11~12頁。
(6)小火器(小型武器small arms・軽兵器light weapons)とは、致命的な戦争手段として使用するため軍隊仕様で製造された兵器を指し、1 一人で携帯・使用が可能な小火器(回転式拳銃、自動式拳銃、ライフル銃およびカービン銃、小型軽機関銃、突撃銃、軽機関銃)、2 数名で運搬・使用が可能な軽兵器(重機関銃、携帯型手榴弾発射台、携帯型発射砲、携帯型対戦車用銃および無反動ライフル銃、携帯対戦車ミサイルおよびロケット発射装置、携帯用対空高射砲、口径100ミリ以下の直撃砲)、3 弾薬及び爆発物(小型武器用弾薬筒、軽兵器用弾薬およびミサイル、対空・対戦車用可動式砲弾およびミサイル、対人・対戦車用手榴弾、地雷、爆発物)の3種類があるとされる。山根達郎「武力紛争と小型武器問題」『平成14年度外務省委託研究「紛争予防」日本国際問題研究所報告書』、63~64頁。
(7) 松本仁一『カラシニコフ』朝日新聞社、2004年、ラリー・カハナー(小林宏明訳)『AK-47―世界を変えた銃―』学習研究社、2009年、他参照。
(8) P・W・シンガー(山崎淳訳)『戦争請負会社』日本放送出版協会、2004年、本山美彦『民営化される戦争-21世紀の民族紛争と企業』ナカニシヤ出版、2004年、他参照。
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