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【危機の東アジア】中国で起きていること⑤ まさかの有罪判決

【危機の東アジア】中国で起きていること⑤ まさかの有罪判決

アメリカと肩を並べる超大国になろうとする中国。その内部で何が起きているのか。日本テレビの中国総局長などを経て現在も中国にとどまり取材を続けるインファクトの宮崎紀秀エディターが、ある事件を追いかけたシリーズの5回目です。(写真・文/宮崎紀秀)

王全璋の初公判が開かれたのは、行方不明になってから3年半近く経った2018年12月26日だった。

傍聴に向かおうと、早朝、まだ薄暗いうちに北京の自宅を出た李文足は、治安当局者たちに取り囲まれてしまった。寒い朝だった。李文足は白い息を吐きながら、食い下がった。

「妻が傍聴に行けない根拠を示してください。家族には権利があります。裁判に行く権利が」

だが男は「これは妻や家族の問題だからではない。国家に関わる問題なんだ」と応じ、取りつく島はなかった。

制止を振り切り歩き出そうとすると、今度は、進路に女が立ちはだかり、李文足と彼女に付き添っていた王峭嶺(一斉拘束された弁護士・李和平の妻)を嫌がらせのように携帯電話で撮影した。

「あなた、公安なの?それとも臨時的に雇われた警備員なの?」

王峭嶺が苛立って声を上げたが、女は見下したような答えしか返さなかった。

「それに答える義務はない」

王がすかさず突っかかる。

「あなたには教える義務がある。あなたは、人の尊厳を踏みにじっている。人権を侵犯している」

しかし、女はそれ以上答えようとせず、撮影を続けた。

結局、李文足は、この日傍聴に向かうことを諦めた。冷たい風に鼻を赤くした李は、こう嘆いた。

「私の夫の裁判なのに、傍聴に行こうとしたらこんな風に邪魔されるのです。こんなに多くに公安が邪魔する。私が要求するのは、無罪釈放です。王全璋は無罪です」

初公判に出ようとする李だが、その願いはかなわなかった

国家政権転覆罪で懲役4年6か月

その約1か月後の2019年1月28日。王全璋に有罪判決が言い渡された。国家政権転覆罪で懲役4年6か月と政治的権利剥奪5年。

判決を受けて、李文足を自宅に尋ねた。

「彼らは我々の面会の権利を奪うかもしれない。この抗議の努力は、まだ続けていかなくてはならない」

李はそう言うと、力なく笑った。その日は、釈放全璋という文字と夫の似顔絵をプリントしたトレーナーを着ていた。夫の無罪釈放を求めていた李は、有罪判決にショックを受けたようだった。

「もし、今、王さんに会えたらどんなことを話したい?」

そう尋ねると、李は「その質問は・・・」と、言い淀んだ後、こう続けた。

「ずっと頭の中で何回も練習してみていたの。でも、もう何年も会ってない。彼と最初に会ったとき何を話せば良いか自分でもよく分からない。だから、私には正確な答えがない」   

そう話しながら、李文足の瞳は瞬く間に潤み、まだこんなに涙が残っていたかと思うくらい、この日彼女は泣いた。インタビューを終えると小さなかすれた声で、「ありがとう」と言い、ティッシュペーパーで鼻を拭った。

初めての面会で別人の様に見えた夫

その5か月後。2019年6月28日。

山東省の臨沂市にある刑務所に、息子を連れた李文足の姿があった。すでに4年近く身柄拘束されてきた夫との初めての面会の日だった。しかし、30分の面会を終えて再び刑務所の外に姿を現した時、何故か李文足に笑顔はなかった。

その日は雨だった。移動の車の中でも、水滴に覆われた窓の外をただ黙って眺めたままだった。固まったような黒い瞳から、時折、涙の粒がこぼれ、頬を伝わったが、彼女はその涙を拭おうともしなかった。

その謎は、記者たち囲まれた時に解けた。面会の様子を聞かれると、李文足は堰を切ったように話し始めた。

「今日は焦っているようで、ずっと脅されてきたのだと思う。彼はあと2〜3か月は面会に来ないでと。4年も待ち続けて、ようやく会えたのにまともにコミュニケーションができなくなっていた」

夫がまるで別人のように見えた。

「夫が出所した後、どうやって一緒に暮らしていけばいいいの」

その後、李文足は、毎月1回、面会に向かった。李文足は、王全璋が面会を重ねるごとに、落ち着きを取り戻し、彼女の話にも耳を傾けるようになったと明かした。ただ、体は痩せているのに、顔が浅黒くむくんでいるように見えた。夫は、刑務所内での生活については「良い」としか言わないので、本当のことを話しているとは思えず、健康状態が一番の心配だった。

「(息子の)泉泉が作ってくれたの。すごく優しい子なんです」

えへへ、と嬉しそうに笑って李文足が左手の薬指にはめて銀色の指輪を見せてくれたのは、2019年10月。5回目の面会に向かう前の晩だった。その横で、6歳の泉泉は、テレビから流れるアニメに見入っていた。

しかし、泉泉の学校の話に及ぶと笑みは涙に変わった。警察は、王全璋と李文足の息子である泉泉を受け入れないよう、小学校にも圧力をかけたという。

「子供が学校に通う権利を奪われたと知った時、とてもショックでした。警察はそのように私たちを脅し苦しめているけど、私たちはそれに立ち向かっていくしかない。最初の頃は、他の子供たちは学校に行っているのに、自分の子供が家にいるのを見るのは非常に辛かった」

夫の安否を求め奔走し、そして今は出所を待ち面会を重ねる李文足を支えたのは、一斉拘束された弁護士らの妻たちだ。この日は、北京から同行した3人の妻、そして現地で合流した王全璋の実姉と臨沂の刑務所近くの町に民家を借りて一泊した。

夜は、自炊し皆で食卓を囲んだ。泉泉もすっかり皆になついている。笑い声も起きる賑やかな晩餐の様子は、1つの家族のようだった。

李の自宅に集まる人々が彼女を支えた

一斉拘束された弁護士・謝燕益の妻で、常に李文足と行動を共にしてきた原珊珊はこう話した。

「(李文足を)応援すれば、当然当局からの圧力を受けます。尾行されたり、監視されたりします。しかし、私らには良心、良識があります。709(注:2015年7月9日を境に始まった弁護士らの一斉拘束)の家族たちは最初から今日まで互いに抱き合い、ぬくもりを取り合ってきた。それしか選択肢がなかったからです。互いに抱き合わなかったら、それぞれの家庭がすでに既に壊されていたはずで、一つ一つの家庭の存続のためにも、立ち上がるべきなのです」

(この連載は当初11月に掲載する予定でしたが年末の掲載となってしまいました。読者の皆さんにお詫びします。この年末年始に集中連載しますのでお読みいただければ幸いです)

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