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新型コロナワクチンを購入し続ける政府に憲法違反の懸念【ワクチンのファクト⑮】

新型コロナワクチンを購入し続ける政府に憲法違反の懸念【ワクチンのファクト⑮】

日本政府は、これまでに約2兆3千億円を投じ、約8億8千万回分の新型コロナワクチンを購入している(参照)。新型コロナワクチン購入の際には、「損失補償契約」が締結されているのだが、実は、国会の承認なく新たにこの契約を締結することは憲法違反となる可能性がある。(田島輔)

「損失補償契約」締結には国会承認が必要

政府は2020年10月から今年の3月までに、4社の製薬会社(ファイザー、モデルナ、アストラゼネカ、ノババックス)の間で、11件の供給契約を締結し、約8億8千万回分の新型コロナワクチンの調達を合意した(参照)。そして、このワクチン供給契約の中に、新型コロナワクチンの接種で健康被害が発生した場合には、日本政府が製薬会社の賠償金を肩代わりするとの「損失補償契約」が存在している(参照)。

実は、「損失補償契約」を締結するためには、憲法上、国会の承認が必要だ。InFactが情報公開請求によって入手した厚生労働省の内部資料には次のように記載されている。

(2011年の「予防接種法」改正時の内閣法制局説明資料より抜粋。赤線は筆者。)

説明する。

まず、憲法85条の趣旨は、国の財政を国民の監視下に置くとの観点から、国が債務を負担する際には、国民の代表である国会の承認を要求しているものだ。ワクチン購入の際、上限•年限のない債務を補償する契約を締結することは、まさに国が債務を負担する場合にあたる。当然だが、実際の国の債務の額、つまり損失額がいくらになるかは不明であるため、あらかじめ予算として国会の議決を得ることが出来ない。そのため、個別の損失補償契約について国会の承認がなければ憲法85条違反になるということだ。

上記の資料は、「新型インフルエンザ感染症等」のワクチンを購入する際に、ワクチン接種によって健康被害が発生した場合には、政府が製薬会社の損失を肩代わりする契約が可能な規定を新設した際のもので、予防接種法附則第6条に規定されている(参照)。

この条文は、条文の本文に記載されているとおり2011年から5年間の時限立法ため現在は適用されない。しかし、予防接種法附則第6条で定めている「政府は、損失補償契約の締結前に、当該損失補償契約を締結することにつき国会の承認を得なければならない。」(第3項)の趣旨である個別の損失補償契約について国会の承認を必要とするという点は国の姿勢として変わるものではないだろう。

したがって、ワクチン購入の際、国会承認なく「損失補償契約」締結をすれば憲法違反になると、厚生労働省が認識していると読むのが自然だ。

新型コロナワクチンの場合は…

ところで、これまでに政府が製薬会社との間で「損失補償契約」を締結することを認めた法律は、上述の予防接種法附則第6条以外にも2つ存在している。
2009年の新型インフルエンザワクチンを輸入した際の新型インフルエンザ予防接種による健康被害の救済等に関する特別措置法第11条(参照)と、今回の新型コロナワクチンに関する予防接種法附則第8条だ(参照)。

これら3つの法律では、製薬会社の損害を肩代わりする契約を締結する際の条件が異なっている。新型インフルエンザワクチンに関する特別措置法第11条と新型コロナワクチンに関する予防接種法附則第8条では、製薬会社と「損失補償契約」を締結する際に国会承認が必要とする記載がないのだ。

予防接種法附則第8条(損失補償契約)
政府は、厚生労働大臣が新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの供給に関する契約を締結する当該感染症に係るワクチン製造販売業者(前条第二項の規定により読み替えて適用する第十三条第四項に規定するワクチン製造販売業者をいう。)又はそれ以外の当該感染症に係るワクチンの開発若しくは製造に関係する者を相手方として、当該契約に係るワクチンを使用する予防接種による健康被害に係る損害を賠償することにより生ずる損失その他当該契約に係るワクチンの性質等を踏まえ国が補償することが必要な損失を政府が補償することを約する契約を締結することができる。

国会承認が不要な理由は…

これは憲法85条に違反することになるのではないだろうか。そこで、厚生労働省の資料を確認すると、予防接種法附則第8条で国会承認を不要としている理由が次のとおり記載されていた。

(2020年の予防接種法及び検疫法の一部を改正する法律案説明資料より。赤枠は筆者。)

上記資料の赤枠内に記載があるとおり、損失補償契約を締結するのが、①新型コロナウイルス感染症に係るワクチンに限定され、②ワクチン確保の数量が明確になっていることから、予防接種法附則第8条の法案を審議することが、事実上、個別の損失補償契約の国会承認と同視できるという説明だ。

そして、当時の田村憲久厚労大臣も、損失補償契約締結について国会承認が不要な理由について、「今回の改正法案は、現に発生している新型コロナウイルス感染症に対象を限り、全国民に提供できる数量というワクチン確保の方針も示した上で御審議いただくものであることから、平成二十一年の新型インフルエンザ発生時と同様、個別の契約に当たって国会承認の手続を設けないことといたしております。」と答弁していた(参照)。

2009年の新型インフルエンザワクチンとの比較

では、「平成二十一年の新型インフルエンザ発生時と同様」とはどういう意味なのだろうか。厚生労働省の内部資料を確認してみよう。

開示された資料の中には、2011年に新設された予防接種法附則第6条の規定について、国会承認が不要だった2009年の新型インフルエンザワクチンとの違いについて、手書きで説明している箇所があった。

下の赤枠内に注目してほしい。
新型インフルエンザワクチン購入の損失補償契約締結において閣議決定や国会承認を不要としていた理由については、「1回限りの措置であり、立法時における国会の議決と契約の容認がほぼ同義」であるためと手書きで説明されていた。

(2011年の「予防接種法」改正時の法律案新旧対象条文より。赤枠は筆者。)

まさに、新型インフルエンザでは、1回限りの特定の損失補償契約を念頭においていたため、法案の国会審議と契約の容認が実質的に同じであるという説明だ。

それでは、新型コロナワクチン購入に関する損失補償契約については、どの範囲までのワクチン購入が、国会の法案審議と契約の容認が同義であるといえるのだろうか。
新型コロナワクチンの購入に関する法案が可決された2020年12月の時点では、「来年前半までに、全国民分のワクチンの確保を目指す。」と閣議決定されていた(参照)。
したがって、2021年前半までに確保する予定だった全国民への2回接種分のワクチンについては、法案の国会審議によって、事実上、損失補償契約締結の国会承認があったといえる。

しかし、冒頭でも述べたとおり、政府は2021年7月20日に3回目のワクチンについてモデルナと供給契約を締結したことを皮切りに(参照)、2022年の3月16日(参照)まで7件の3回目接種以降のワクチン供給契約を締結しているのだ。
3回目以降のワクチン接種やオミクロン対応のワクチン購入など当初は想定していなかったはずであり、これは2020年の国会審議の際の想定をはるかにこえる数量のワクチンを購入しているということだ。

それでは、2020年の予防接種法改正の際に想定していた以上のワクチン供給に係る、「損失補償契約」締結については、個別の契約について国会承認を得なければ、憲法85条違反になるのではないだろうか。

厚生労働省の見解は?

そこで、この問題について厚生労働省健康局健康課予防接種室に問い合わせた。
InFactからは、「2020年の法改正時の想定を超えて損失補償契約を結ぶことは、憲法違反ではないか?」と問い合わせたが、厚生労働省の回答は、法律に基づいてワクチンを購入している旨を繰り返すばかりであり、質問への明確な回答はなかった。

厚生労働省とのやりとりを以下に記載する。

なお、前提として、製薬会社との間で「損失補償契約」を締結しているか否かは、秘密保持義務の関係で明らかにすることは出来ないとのことだった。

Q 予防接種法附則第8条の新設時に想定していた確保量を超えて損失補償契約を締結することは、憲法違反となるのではないか?

A あくまでも最終的な条文上(予防接種法附則第8条)は、新型コロナウイルス感染症に係るワクチンについて「損失補償契約」を締結することが出来ることになっている。
ご指摘のとおり、ワクチンの確保量については、その後、変化があった。
しかし、憲法上の要請を踏まえて、国会で通った法案に基づいて政府が締結できる規定になっている。
あくまでも、条文上、政府が「損失補償契約」を締結できるということは変わりはない。


Qでは、 予防接種法附則第8条は、上限なく「損失補償契約」を締結できるという理解になるのか?

A 条文上、その部分について条件を設けていないというのはある。ワクチンをどれだけ買うかというのは、あらゆる状況を見据えながら、必要な分を購入することになっている。
「損失補償契約」については、国会の審議を踏まえて成立した条文のとおりに適用される。

Q 上限なく「損失補償契約」を締結できるかどうか、明確に回答して欲しい。
A 条文上は、特段、「損失補償契約」の量について規定されていない。難しいところだが、条文上はそういうことになっている。
確保の方針については、国会での議論や必要な量を踏まえながら確保していく。

予防接種法附則第8条に基づけば、「無制限」で「損失補償契約」を締結できるという理解なのかどうかについては、「イエスかノー」かの明確な回答を得ることが出来なかった。

もっとも、あくまで予防接種法附則第8条には「損失補償契約」の量について制限がないため、3回目以降の接種に係るワクチンについても「損失補償契約」を締結できるという理解なのだろう。

憲法85条違反の懸念

しかし、厚生労働省の説明で納得することは難しい。前述の資料にあるとおり、予防接種法附則第8条を新設した際に個別の損失補償契約に国会承認が不要とされた理由は、「購入するワクチン確保の総量が明確になっており、ワクチン確保の枠組みも含めて法案が審議された」ためだ。


厚生労働省からは、予防接種法附則第8条には「損失補償契約」に制限がない旨の説明を受けたが、この条文を新設する前提として、確保するワクチンの総量が明確であったからこそ、「損失補償契約」の量について、わざわざ条文に記載しなかったということだろう。

ワクチン接種の回数が増え、変異株への対応が必要になったことで、既に法案審議の際に前提となっていたワクチン確保の枠組みは大きく変わってきている。

それにも関わらず、仮に上限のない「損失補償契約」締結を繰り返しているとするならば、それは国会承認のない債務負担行為であり、憲法85条違反と言わざるを得ないのではないだろうか。

新型コロナウイルスの変異に応じて、今後も損失補償契約締結を伴ってワクチン購入を継続するのであれば、損失補償契約締結に国会承認を必要とする仕組みを新設する必要があるはずだ。

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