コラムニストの伊是名夏子氏が「お腹を空かせている子供がいるから、スーパーでパンを盗んで分け与えた」と発言したかのような言説がTwitterで拡散された。しかし伊是名氏が当該の発言をした事実はなく、これは伊是名氏を批判する人物がたとえ話として提示した架空の文章だった。（藤　華子）

この投稿は、政治活動家のボギーてどこん氏によるもので、約2600回リツイートと約5400いいねを獲得、その後削除されている（キャッシュ）。

障害のため車椅子を利用するコラムニストの伊是名夏子氏は、4月4日に自身のブログで「JRで車いすは乗車拒否されました」という記事を投稿。インターネット上で賛否両論を呼んでいた。

どこから言説が広まったのか

伊是名氏が常任幹事を務める社民党では4月10日、YouTube上の生配信でこの問題に関するオンラインディスカッションを開催。伊是名氏の他にカウンセラーの安積遊歩氏、女優の石川優実氏、阪南大准教授の下地真樹氏らが参加した。

この配信の内容をもとに、ジャーナリストの松田隆氏が自身が代表を務めるウェブメディア「令和電子瓦版」で11日付で公開したのが「伊是名氏ニッコリ 社民党が援護『暇な人たち』」と題する記事。問題の「スーパーでパンを盗んで分け与えた」という記述は、この記事から見られる。

記事は、伊是名氏らの論理を「（バリアフリーの達成という）目的が正しいから、手段はどのようなものでもいい」というものだとして批判し、以下のように述べている。

東ちづる氏の記事を書いた際に空腹の子供と盗んだパンの話をした。それをもう一度、今回の場合に当てはめて使おう。
伊是名氏：お腹をすかせている子供がいるから、スーパーでパンを盗んで分け与えた。
安積氏：お腹をすかせている子供がパンを食べられるようになるために尽力してきた。だから、子供のためにスーパーでパンを盗んでも許される。暇な人たちが盗んだ私を批判している。
石川氏：子供がお腹をすかせている状況こそが大事な問題なのに、パンをどのように手にしたかだけを問題にする人ばかりなのが信じられない。日本は、そのレベル？　私が、それはおかしいと教えてあげても、多くの人は聞かない。
下地氏：お腹をすかせている子供がいるから、スーパーでパンを盗んで分け与えた。盗む際に「もらっていきますね」と最大限丁寧に言ってるのに、批判するのはおかしい。

「東ちづる氏の記事」とは、同じ問題に関して女優の東ちづる氏が述べた意見を批判した8日付の別の記事を表す。そこでは、伊是名氏や東氏の主張について次のように書かれている。

実体を目的、手続きを手段と呼びかえ、「目的が正しいのだから、手段を問うべきではない」という主張と呼んでもいい。それを踏まえて各人の主張を極めて抽象化して表現してみよう。
伊是名氏：お腹をすかせている子供がいるから、スーパーでパンを盗んで分け与えた。
東ちづる氏：子供がお腹をすかせている状況こそが大事な問題なのに、パンをどのように手にしたかばかりを問題にしているのはおかしい。

つまり「お腹を空かせている子供がいるから、スーパーでパンを盗んで分け与えた」というのは、「目的が正しければ手段はどのようなものでもいい」という論理を「極めて抽象化」し、別の話に置き換えたたとえ話に過ぎない。

ボギーてどこん氏のツイートは、記事でたとえ話として書かれた架空の発言を、あたかも伊是名氏らが実際に発言したかのように誤認したものである。

なお、社民党は「令和電子瓦版」の一連の記事に対し、公式Twitterアカウントから訂正を要求。サイト側はこれを拒否している。

配信動画でこのような発言があったか

実際の配信では、「スーパーでパンを盗んで分け与えた」というような発言はいずれの出演者においてもなかった。放送内容は、伊是名氏に対する批判への反論や障害者運動の歴史、声を上げることの重要性について出演者が意見を述べているものであった。

結論

「お腹を空かせている子供がいるから、スーパーでパンを盗んで分け与えた」は、伊是名氏による実際の発言でなく、批判者の解釈によって置き換えられたたとえ話であった。伊是名氏がこのような発言をした事実は無いため、ボギー氏のツイートは「誤り」と判定する。

（冒頭画像：社民党公式YouTubeチャンネルより配信の動画サムネイル）