トランプ大統領がバイデン氏の勝利を認めない異例の事態となっているアメリカ大統領選挙で、バイデン氏の側の不正をにおわす情報が日本でも拡散している。「ペンシルベニア州で死亡している2万1000人が郵便投票しているとして米公益法律事務所が提訴した」という情報もその一つだが、根拠のない主張として裁判所が訴えを却下していることに触れていないため、ミスリードだ。(立岩陽一郎)
ペンシルベニア州で既に死亡している2万1000人の名前で郵便投票か、米公益法律事務所が連邦裁判所に提訴
(2020年11月10日、Twitter投稿)
【ミスリード】 トランプ氏を支持するアメリカの法律事務所がそのような提訴をしたことは事実。だが、その主張には根拠がないとして裁判所が訴えを却下した事実に触れていない。
アメリカ大統領選挙は11月3日の開票から4日後に全米のメディアがバイデン氏の勝利を報じ、その後、バイデン氏が当選に必要な270人の選挙人を上回る306人を獲得したことが明らかになっている。しかしトランプ大統領は選挙で不正が行われたとしてバイデン氏の勝利を認めておらず、通常なら行われる政権移行の作業も始まっていない。
こうした中、バイデン氏の側が不正を行ったとするネット情報がアメリカで流れ、それが日本でも拡散する事態となっている。その1つに「ペンシルベニア州で既に死亡している2万1000人の名前で郵便投票か、米公益法律事務所が連邦裁判所へ提訴」という情報があり、これはTwitterで投稿され、7000件近くの「いいね」がつき、2000回以上リツイートされた。まとめサイト「保守速報」も流し、約1500回リツイートされている。これらのネット情報は、Tech InsightがYahoo!ニュースに配信した記事が元になっている可能性がある。
ペンシルベニア州で既に死亡している2万1000人の名前で郵便投票か、米公益法律事務所が連邦裁判所へ提訴 https://t.co/qveHry5SlX
— ツイッター速報 (@tsuisoku) November 10, 2020
Factcheck.orgによる検証内容
これについてアメリカのファクトチェック団体であるファクトチェック・オルグ(Factcheck.org)が検証している。以下は、その検証記事「Misleading Claim of Dead Registered Voters in Pennsylvania」の要約だ。
それによると、選挙日の約2週間前の10月15日に、ペンシルベニア州に登録されている21,000人以上の有権者が死亡していると主張しているのは「公益法務財団」(PILF)という、トランプ大統領を支持している保守的な組織。選挙前に登録簿からの削除を州に命令するよう裁判所に求めた(訴状)。
これに対して連邦裁判所のジョン・ジョーンズ判事は、主張にある不適格有権者のリストの作成方法が疑わしいこと、訴訟の提起が直前であったこと、そしてペンシルベニア州の死亡有権者を名簿から削除するシステムは正常に機能していることを挙げて、訴えを認めなかった。
この判決の中でジョーンズ判事は、「僅差の選挙では、この遅い時期に開始された不正な訴えに基づいて、通知や適切な調査なしに有権者の声を奪うことはありません」と述べている。
その判決は10月20日に言い渡された。これに対してPILFは11月5日に不服を申し立てる書面を提出した。この中で、当初の主張に加えて、2016年から2018年の選挙の間に、選挙前に死亡した人々によって少なくとも216票が投じられたと主張している。しかしPILFは訴状の中でこの主張の証拠を提供しておらず、ファクトチェック・オルグの取材にも、証拠を示していない。
一方で、選挙を専門とするマサチューセッツ工科大学のチャールズ・スチュワート教授は、亡くなった人による大量の投票に関する主張は、しばしばリストマッチングや、同じ名前や似た名前の二人を混同するなどの管理上のミスが原因であることと述べて、全く無いとは言い切れないが2万人を超えるミスが起きたとは考えにくいとの見方を示している。
PILFの主張はトランプ大統領の顧問弁護士のルディー・ジュリアーニ氏や共和党のゲイツ・マット下院議員らによっても拡散された。ファクトチェック・オルグは、マット議員がツイッターで書いた「死者が投じた票により、ジョー・バイデンに圧倒的に有利に振れたようだ」というような主張には根拠が無いとしている。
以上が記事の要約だ。
アメリカ大統領選挙は各州に割り当てられた選挙人の数の獲得数で競われる。今回の選挙では新型コロナの感染拡大を回避するために各州で大々的な郵便投票が期日前投票に加えて実施されており、その扱いが焦点となっていた。
トランプ大統領は当初から郵便投票の導入に反対し、バイデン氏の民主党は郵便投票を積極的に利用するよう呼びかけた。このため、各州でバイデン氏を支持する多くの人が郵便投票を行うことが当初から予想され、トランプ大統領の支持者に郵便投票の不正を主張する動きが活発になっていた。
結論
以上のとおり、アメリカの法律事務所がそのような主張に基づき提訴したことは事実だが、ファクトチェック・オルグが検証したように、連邦裁判所が10月20日にその主張には根拠がないとして訴えを却下している。問題の情報は11月10日に投稿されたにもかかわらず、そのことに触れておらず「ミスリード」と判定した。
(インファクトはFIJのメディアパートナーとして国際協力プロジェクトに参加しており、この記事にはFIJの大久保明日香リサーチャーが協力している。)
(冒頭写真:ツイッター速報のTwitter投稿のスクリーンショット)