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[新型肺炎FactCheck] 「遺体を燃やすと出る二酸化硫黄 武漢で大量検出」は誤り

[新型肺炎FactCheck] 「遺体を燃やすと出る二酸化硫黄 武漢で大量検出」は誤り

新型コロナウイルスをめぐり、武漢で異常な二酸化硫黄(SO2)濃度の値が観測されたとして、中国政府が秘密裏に大量の遺体を焼却している証拠だとする言説が世界的に拡散され、日本でも広まっている。しかしこの主張は複数の誤った根拠に基づくものだ。(大船怜)

チェック対象
遺体を燃やすと出る亜硫酸ガス 武漢上空で大量検出…およそ1万4000体分か(2020年2月12日、まとめブログ「ツイッター速報」の記事)などの、画像を示した一連の言説。
結論
【誤り】根拠として提示されたのは気象予測サイトの予測値で、日々の排出量の変動が反映されるものではない。

検証

この「ツイッター速報」の投稿は現在6000件以上リツイートされ、約9800件いいね!が付いている。同サイトの記事(キャッシュ)では「台湾英文新聞」の2月10日の記事(更新あり。後述)の一部がチェコの気象データサイト「Windy.com」からのスクリーンショット画像とともに貼り付けられ、「遺体を燃やすと出る亜硫酸ガス、武漢上空で大量検出…1万4000体は燃やさないとこのレベルのガスは出ない」などと書かれている。なお、亜硫酸ガスとは二酸化硫黄(SO2)の別名である。

同様の噂はもともと海外で広まっていたもので、あるTwitterユーザーの2月9日の投稿は約1.2万リツイートされていた。

日本でも様々な大手まとめサイト、東京スポーツのニュースサイトなどが取り上げ、漫画家の孫向文氏、ジャーナリストの石井孝明氏、経済アナリストの藤原直哉氏ら著名人や公職者も同種の噂を拡散している。そこで、既にいくつか出ている海外の検証記事(後掲)も参照しつつ、調査することにした。

なお、この検証はあくまで「武漢で異常なSO2濃度が観測されたのか」「これは大量の遺体が焼却されたことを示すのか」を調査したものであり、「中国政府の発表する死者数が事実であるか」「隠蔽が行われていないか」などを論じるものではない。

Windyサイトの表示はあくまで予測

「SO2濃度が異常値を示している」という主張はWindyの表示が根拠とされているが、そもそもWindyは気象予測サイトであって、表示は実際の観測値ではなく、データから予測された値だ。

このサイトが予測を扱っていることは随所で明記されているが(参照12)、特に今回の噂を受けてサイト管理人の1人はコミュニティ上で以下のように説明している

The SO2 data are obtained from NASA model GEOS-5 (find more information on NASA’s website – https://so2.gsfc.nasa.gov/).
Nevertheless, I would like to point out, that Windy does only visualize the forecast of SO2 values. Therefore, unexpected activity such as burning bodies due to the coronavirus, would not be displayed on Windy. Why? Because forecasts do not predict human unexpected activities nor nature events like volcano eruption.
(筆者訳、下線は筆者による:SO2のデータはNASAのモデルであるGEOS-5から取得しています。詳細はNASAのサイトを見てください。ただはっきりさせておきたいのは、WindyはSO2の値の予測を視覚化しているだけだということです。したがって、コロナウイルスによる遺体の焼却のような、不測の活動はWindyでは表示されません。なぜかというと、予測は人間の不測の活動や、火山の噴火のような事象は想定していないからです。)

現に例えば、2018年5月にハワイのキラウエア火山が噴火した時には、この噴火の影響がSO2の予測にすぐには反映されなかったことを示すやり取りがコミュニティに残っている

Windyの予測は世界の様々な気象機関によるシミュレーションを参照しているが、SO2に関してはNASA(アメリカ航空宇宙局)が開発したGEOS-5(ゴダード地球観測システムモデル・バージョン5)というモデルが使用されている。NASAでGEOS-5に関わる部署に勤める気象学者は、イギリスのファクトチェック団体Full Factの取材に対し、GEOS-5のシミュレーションは固定の排出源一覧に基づいていて、実測データはこの一覧の作成の際に使われたものの、その後の日々の排出量の変動は考慮されていないと説明。人為的活動による急激な変動は反映されず、日々の変動は風などの気象条件によるものだという。

つまり、Windyの表示によって新たなSO2の大量発生を発見するのは原理上不可能ということだ。

WindyはSO2濃度の予測にGEOS-5モデルを使用している。更新は数時間おきに行われるが、気象状況の変動のみが反映される。

SO2実測値の異常は確認できない

実際のSO2の観測データは、NASAのEOSDIS(地球観測システムデータ・情報システム)やその他衛星等による観測データで見ることができる。「異常な濃度」の噂が拡散された2月3日や2月8日、あるいはその前後の日付の武漢周辺を見ても、特段異常な観測値は見られない。

NASAのEOSDISの二酸化硫黄(SO2)観測データ(中国武漢付近、2020年2月3日)

現在の武漢の観測値はこのサイトからも見ることができる(中国の全国城市空気質量実時発布平台による観測)。

なお、中国当局(中国環境観測センターの責任者)は、実際の観測値とWindyの予測値には「200倍以上の違いがある」と反論している

高いSO2濃度の予測は過去にも

次に、武漢で予測(繰り返すが「観測」ではない)された「1700μg/㎥以上」というSO2濃度がどの程度異常な値と言えるのかを見てみよう。

Windyでは過去の予測の履歴は残されておらず、新型コロナウイルス発生以前の予測値を見ることはできない。しかし、同じGEOS-5を使用している同様のサイト「earth」では予測の履歴が残されている。

これで調べると、武漢付近では新型コロナウイルス発生以前にも4桁レベルの高いSO2濃度予測値が頻繁に見つかった。例えば2年前の2018年2月6日には、武漢市内で4800μg/㎥以上という、今回拡散された数値を遥かに上回る予測値を確認できる。

2018年2月6日00:00(UTC)の武漢付近のSO2濃度予測値(出典:earth)

火葬でSO2濃度は大幅に上昇することない

イタリアのニュースサイトOpenが取材した科学者は、SO2濃度を50μg/㎥上昇させるだけでも3000万体の遺体を燃焼させる必要があると概算する観測データに表れるほどのSO2が火葬によって発生するというのは非現実的だ。

また、台湾ファクトチェックセンターも気象学や環境学の専門家複数名に取材。人体に含まれる硫黄の量はそれほど多くなく、たとえ石油や石炭を使って焼いたとしても高濃度のSO2が観測されることは考えられないという見解を得ている。また、焼却場の処理能力からしても1日に1万4000体もの遺体が焼却されている可能性は低いという(「ツイッター速報」などが情報源としていた台湾英文新聞は2月15日、この台湾ファクトチェックセンターの検証内容を追記した)。

SO2は石炭火力発電や工業由来か

新型コロナウイルスと無関係であるとしたら、武漢でたびたび高いSO2濃度が予測される理由は何か。

環境団体・グリーンピースの資料では、武漢のSO2排出の要因としてまず石炭を挙げている。武漢には陽邏発電所という石炭火力発電所が位置し、SO2を始めとする大気汚染物質の排出源となっている。NASAによる世界の主なSO2発生源のリストにも、この陽邏発電所(Yangluo)が含まれている。

他に挙げられているのは製鉄などの工業だ。武漢には生産量世界4位とされた武漢鋼鉄(現在は上海の宝鋼集団と合併し世界2位)があり、原料の鉄鉱石に硫黄が含まれることなどから、これら製鉄業もSO2排出の原因となり得る。その他にも石油の燃焼など、中国有数の工業都市・武漢で考えられるSO2発生源は多数ある。

上述の台湾ファクトチェックセンターの取材に答えた専門家の一人は、現在中国では新型コロナウイルスを原因とする工場休止が相次いでいるため、平時のSO2排出を想定するWindyの予測と現実の状況にはかなりのギャップがあり得るとも指摘している

※なお、本検証は以下の記事も参照しました。
BuzzFeed Japan
台湾ファクトチェックセンター
Computer Business Review
Open
Full Fact
Euronews

結論

Windyの表示する数値は固定の排出源一覧に基づいた予測値で、日々の排出量の変動が反映されるものではないから、これを基に「武漢でSO2が大量検出」とするのは誤りである。

1万4000体の遺体を燃やしてもそれほど高濃度のSO2は排出されないという複数の専門家の指摘が出ているし、武漢付近で予測された高いSO2濃度は新型コロナウイルス発生以前の予測値と比べて特段異常ではなく、発電や工業活動によって十分に説明可能である。

これらのことから、Windyの画像を根拠に、武漢で遺体を燃やすと出る二酸化硫黄が大量に検出されたとする言説は「誤り」と判定する。

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