新型コロナが最初に猛威をふるった中国。その中国はこの深刻な感染症にどう向き合い、内外にどのような情報を出していたのか検証する。実は、当初、人から人への継続的な感染について「可能性は低い」としていた。(宮崎紀秀、池雅蓉 写真は武漢の状況を伝える当時の中国の新聞「中国青年報」)
武漢市の衛生健康委員会は、1月11日の発表で、前日までに新型コロナウイルスの感染者が41人、うち1人が死亡したと発表した。前年12月31日、原因不明のウイルス性肺炎の発生を公表して以来、感染情況に関する発表は不規則だった。しかし、1月12日以降は、前日の0時から24時までの新たな感染者数や治療情況をまとめ、それを毎日発表するスタイルとなった(但し、実際の発表時間が、24時を超え、翌日未明になる例はあった)。
例えば、1月12日は以下のように発表した。
「1月11日の0時から24時までに、新たな感染者はなく、4人が治癒・退院した。新たな死亡者はいない。これまでに武漢市で累計41人の感染が報告され、6人がすでに治癒・退院。治療中の重症者は7人、死亡者は1人、その他の患者の容態は安定し、指定医療機関で隔離治療を受けている。追跡した濃厚接触者は累計で763人。うち46人はすでに医学観察を解除、717人が医学観察中である。濃厚接触者の中に、関連する症例は見つかっていない」。
追跡した濃厚接触者の規模に言及している点が興味深い。これはこの後の発表でも続いた。
ちなみに10日までの集計に基づく11日の発表では、感染者の数は同じだが、「濃厚接触者」は739人だったので、その差24人の濃厚接触者については11日中に探し出したという事実が読み取れる。
13日から15日までの武漢市衛生健康委員会の発表は、いずれも前日の0時から24時までに同市内で新規感染者や濃厚接触者の増加はないとした。ただ14日の発表では、外国での発症例に初めて言及した。
「タイでは武漢から来た新型コロナウイルス感染を伴う肺炎の診断例が報告された。タイで入院隔離中であり、帰国したその濃厚接触者の追跡と医学観察を進めている」。
武漢市衛生健康委員会は、14日付で、その通常の感染情況の集計とは別に「新型コロナウイルスによる肺炎の感染症知識Q&A」という文書を発表し、更に詳細な情況の説明を加えた。(実際のHP上の発表時間は15日0時10分)。そこに、後日振り返ると興味深い内容が書かれていた。
Q:最近、武漢の旅行者がタイで新型コロナウイルス感染症から肺炎と診断されましたが、その状況を教えてください。
A:2020年1月13日、タイで1例の武漢から来た新型コロナウイルス感染の肺炎患者が報告された。当該の患者は武漢市民であり、現在タイで治療を受けている。
後日、武漢の周先旺市長は、武漢の都市封鎖(1月23日)以前に、500万人近くが同市をすでに離れていたと明かした。中国では、1月25日の旧暦の正月(春節)を迎えるに当たり、1月上旬からすでに人の移動が始まっていた。タイで確認された武漢市民の患者もその1人と見られるが、新型コロナウイルスの感染が中国から人を介して外国に広がっていった構図の具体例とも言える。
Q:これまで、人から人への感染例は見つかっていますか?
A:現在の調査結果では、人から人への感染の明確な証拠は見つかっておらず、限定的な人から人への感染の可能性は排除できないが、人から人へ継続して感染する危険性は比較的低い。
人人感染に関し、1月11日の発表では、「明確な証拠は見つかっていない」としていたが、この発表で初めて限定的な人人感染の可能性に言及した。しかし、感染がA→B→Cと続く「継続して感染する危険性」については「比較的低い」と念押ししている。この時点でも、新型コロナウイルスの人から人へ強い感染力について、事実上否定し、その危険性に対し警戒を促していなかった。
Q: 家族内でのクラスターは見つかっていますか?
A:41人の感染者のうち、家庭内でのクラスターが1例判明している。夫婦とも発症しており、先に発症した夫は、華南海鮮卸売市場の従業員だが、妻は市場へ訪問歴を否定している」。
Q:現在の見つかっている感染症の特徴は? 感染症の流行の傾向は?
A:41人の感染者は、主に男性で、かつ中高年が多い。初期の主な症状は発熱と咳で、初期には軽症が続くが、高齢者や基礎疾患のある患者は重症化しやすい」。
「大多数の患者は華南海鮮卸売市場への訪問歴があり、少数の患者は市場への訪問を否定しており、一部の患者には同様の症状の患者への接触歴がある。これまでのところ市内感染は見つかっていない」。
ここで言及した家庭内クラスターは、先に触れた「限定的な人から人への感染」が起きた可能性を示唆する具体例だろう。また上の発表内容から、武漢市では華南海鮮卸売市場への訪問歴がない感染患者を複数把握していたとみられるが、感染者は同市場の関係者の周辺に限定されていることを印象付ける発表内容だ。この他にも「同市場内で環境サンプルを採取し、一部から新型コロナウイルスの陽性を確認した」と発表している。
この「Q&A」では、濃厚接触者についての定義や、彼らに対する14日間の医学観察の必要性、華南海鮮卸売市場を閉鎖した後の消毒などの対策についても説明した。先にも触れた通り、武漢市衛生健康委員会は、1月12日から感染情況を毎日発表するようになった。新規感染者数、濃厚接触者数の推移、退院者数、また当局が採った医学観察などの対策については、比較的詳細に「情報公開」した。初の死者を発表した1月11日を境に危機感と対応に変化が生じたように見える。
一方、早期の段階で新型コロナウイルスの発生に気づき警鐘を鳴らしていたとして日本でも報じられた李文亮医師は、1月10日に発症していた。中国メディアが報じた本人のインタビューなどから明らかになった。李医師は、「ウソを流した」などとして訓戒処分を受け、防疫措置も採れないまま治療にあたり、その結果、新型コロナウイルスに感染し死亡した。当時、医療現場では、人人感染が起きている事実は周知だったという。
だが、武漢市衛生健康委員会の発表は、14日に至っても、人人感染の可能性の低さや、感染が海鮮卸売市場の関係者の周辺に限られているような認識を与える内容になっている。同委員会が、事実を把握するに至っていなかったのか、科学的な根拠を慎重に判断したためか、あるいは意図的に言及しなかったのか、発表文だけからは分からない。だが事実の一部が明らかになった今から振り返ると、発表はまるで「事態を小さく収めたい」と意図していたかのようにも見える。
(続く)