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【Fact Check】「安全基準を満たしている処理水」の「安全」は十分に開示されているのか

【Fact Check】「安全基準を満たしている処理水」の「安全」は十分に開示されているのか

「安全基準を満たした上で、放出する総量も管理して処分するので、環境や人体への影響は考えられません」などと説明するのは「ALPS処理水って何?本当に安全なの?」と題した経済産業省のサイトだ。東京電力福島第一原子力発電所から出る「処理水」の海洋放出が始まり、政府は上記のように「安全」を強調するが、中国は日本の海産物の輸入を禁止するなどの姿勢を崩していない。この「処理水」の「安全」をめぐる議論は国内でも賛否が分かれている。InFactは「処理水」が「安全」か否かではなく、「安全」の根拠となる情報の開示が適切か否かをファクトチェックする。(立岩陽一郎)

 処理水」とは何か

今更と思われる読者も多いだろうが、敢えて初歩的な言葉の確認から始めたい。「処理水」とは何か。環境省のホームページによると、「処理水」とは、東京電力福島第一原子力発電所で発生した汚染水を多核種除去設備(ALPS)等によりトリチウム以外の放射性物質を環境放出の際の規制基準を満たすまで繰り返し浄化処理した水のこと。冒頭の経済産業省のサイトのように「ALPS処理水」とも呼ばれる。

トリチウム以外である理由は、ALPSではトリチウムが分離できないため。だから正確には「処理水の放出」とは、「ALPS処理水」とトリチウムの放出を意味する。ここでは、便宜的にトリチウムも含めた放出対象を「処理水」とする。

ALPSとは何か

ALPSについても、今更と思われるだろうが、基本を踏まえることは重要だ。東京電力によると、ALPSとは、福島第一原子力発電所において発生した放射性物質が含まれる汚染水を浄化するために使用される多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System)のことだ。ALPSは頭文字から来る名称で、薬液による沈殿処理や吸着材による吸着などの方法で62種類の放射性物質を国の安全基準以下まで取り除くことができる。しかし繰り返しになるが、トリチウムはALPSでは除去できない。

東京電力のサイトで「安全」はどう確認できるのか

ここからがファクトチェックとなる。InFactの理事で近畿大学理工学部教授として長年にわたって放射能について研究してきた山崎秀夫氏のアドバイスに従って東京電力のサイトで「安全」を確認してみる。

「処理水」の状況は、東京電力の「処理水ポータルサイト」から確認することができる。数字は更新されており確認する日によって変化していることは予めことわっておく。

このサイトでは、以下のような内容を確認できる。

  1. ALPS処理水等の状況
  2. 測定・確認用設備の状況
  3. 希釈・放水設備の状況
  4. 海域モニタリングの結果

先ず、1の「処理水」等の状況を見てみる。

すると、以下の図が出てくる。そこには、「1,332,236㎥(23年10月19日現在)」と書かれている。これは現在タンクに貯蔵されている処理水の量。つまりALPSで処理して貯蔵されている水の量を指している。

その下にタンクの絵があり、そこでその大まかな内訳が示されている。しかしこれがそのまま放出されるわけではない。

更に下を見ると、「ALPS処理水等の放射能濃度」と書かれた円グラフが出てくる。この中の35%について「告示濃度比総和別(推定)貯蔵量」が1倍未満と書かれている。この「告示濃度比総和」が1倍未満である点が重要なのは、これが放出のために国が決めた「安全基準」となるからだ。

キーワードは告示濃度

この「告示濃度」とは正確には告示濃度限度のことで、水中や大気中などに含まれる放射性物質の濃度の限度を示す数値である。この数値は、放射性物質ごとに、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に基づいて定められているもので、日本政府が都合良く設定している数値ではない。放射性物質による追加的な公衆被ばく線量を、年間で1ミリシーベルト未満にすることを目的としている。

たとえば、大気中における告示濃度限度は、敷地境界におけるその濃度の大気を生まれてから70歳になるまで毎日吸い続けた場合に、平均の線量率が1年あたり1ミリシーベルトに達する濃度として設定されている。また、水中における告示濃度限度は、生まれてから70歳になるまで毎日約2リットルのその濃度の水を飲み続けた場合に、平均の線量率が1年あたり1ミリシーベルトに達する濃度として設定されている。

複数の放射性物質が含まれる場合は、それぞれの放射性物質の濃度がその告示濃度限度に占める割合を足し合わせた「告示濃度比総和」という考え方が用いられる。これがこのサイトに示されている告示濃度比総和で、それが「1倍未満」になるように規制されているということだ。

「1倍未満」に含まれないトリチウム

ところで、この「安全基準」とされる告示濃度比総和の1倍未満の数値には、トリチウムの濃度は含まれていない。ここが、「処理水」の安全性を議論する際に大きな争点となる点だ。

そのトリチウムの数値は2の「測定・確認用設備の状況」で確認することができる。そこに進むと、「トリチウム濃度13万Bq/L」と大きく書かれている。そしてその下に、「100万Bq/L未満であることを確認」と書かれている。つまり、トリチウムは別の基準で「安全」が確認されているという表現だ。

なぜ、このトリチウムについては「100万Bq/Lであることを確認」と書かれているのか。それを知るためには、「データの詳細はこちら」をクリックする必要がある。

ここには、「ALPS処理水 測定 確認タンク水」の放射性核種の計測値が書かれている。この原稿が書かれている10月28日現在は、「10月19日」の数値が書かれている。

この「Cs-137」、つまりセシウム137の数値を見てみると、東京電力の「分析結果」として「3.8E-01」と書かれている。これは3.8×10⁻¹すなわち0.38となる。これはセシウム137の告示濃度限度である90を大きく下回っている。つまり、セシウム137については政府が設定した安全基準を下回ったことがわかる‐

では、問題のトリチウムはどうか?実はこの表にはトリチウムつまりH‐3は書かれていない。トリチウムはその下に別掲されている。そこに東京電力の分析値として「1.3E+05」と書かれている。つまりトリチウムの分析値は13万。これが「13万Bq/L」のデータだ。しかしそこにはセシウム137などの表に書かれている告示濃度限度は書かれていない。

最初の「トリチウム濃度13万Bq/L」と書かれた円グラフに戻ってみたい。そこに「100万Bq/L未満であることを確認しました」と書かれている。要は、トリチウムは「100万Bq/L」未満だから安全だとしているわけだ。

ところで、この「トリチウム13万Bq/L」の下に「トリチウム以外の放射性物質の濃度」と書かれ、「告示濃度比総和0.25」と書かれ、それが「規制基準」である「1」を下回っていることが書かれている。強調されていると言っても良いかもしれない。これはどのデータなのか?

さきほどの「データの詳細はこちら」を開ける。セシウム137などの放射性核種の数値が並ぶ表の一番下に、「2.5E-01未満」と書かれている。これが「0.25」のことで、放射性核種の「告示濃度比総和」が「0.25」未満であることを示すデータとなる。繰り返しになるが、ここにトリチウムは含まれていない。なぜなのか?実は後述するようにトリチウムの告示濃度比は2倍以上になってしまうので、トリチウムの告示濃度比を含むと「告示濃度比総和」が「0.25」を大幅に上回ってしまう。つまり「処理水」を放出できる基準である「1未満」を満たさなくなってしまうからだ。

勿論、トリチウムについては人体への影響が無いとの指摘もあり、これをもって「処理水」の「安全」を捏造していると言いたいわけではない。ただし、トリチウムだけ、他の放射性核種とは異なる基準で「安全」とされている点は指摘しておいた方が良いだろう。

この「13万Bq/L」であるトリチウムも、そのまま放出されているわけではない。政府は、海水と混ぜて希釈させており、更に濃度は低くなっていると説明している。では、その希釈されたトリチウムの状況はどこを見ればわかるのか。

ここで、3の「希釈・放水設備の状況」を開ける必要がある。ここには、ALPS処理水がどのように放出されるかを示した絵が示されている。

この絵の「4 海域モニタリングの結果」の直ぐ上に「放出計画および放出実績はこちら」と書かれており、そこをクリックすると「2023年度の放出計画」が記され、その下にこれまでの実績が表示されている。第1回の6月22日を見ると、処理水は海水によって「約800倍」に希釈されている。そして懸案のトリチウムの数値は「160~200Bq/L」となっている。第2回目も、「約800倍」に希釈され、トリチウムの濃度は「150~170Bq/L」となっている。

ここでトリチウムの告示濃度限度が問題となるわけだが、これは政府がまとめた告示の別表2(31ページ)によると「6万Bq/L」だ。つまり13万Bq/Lだと2倍以上になってしまうが、希釈によって150~170Bq/Lに下がったため、トリチウムも告示濃度比をクリアしたとなる。ここに至って、初めて放出する「処理水」の「安全」が確認できたということだ。

ファクトチェックの結論 現状の開示で「安全」を確認するのは困難

東京電力のデータは専門家でも確認作業が困難だ。ファクトチェックの結果としては以下のことが指摘できる。現状の情報開示では、①政府の「安全」を示すデータを探すのが困難、②専門家の指導を得てたどり着くことは可能だが、その意味を理解することも困難。これでは、私たちは政府が言う「安全」をそのまま報じるメディアの報道で、「安全」だと考えていることになってしまう。

山崎氏は、これらの情報の開示の仕方について次のように話す。

「事故直後から東電は大量の汚染情報を様々なサイトから公表しています。しかし、整理されず説明もない数値データが混然と公開されており、一般人が理解できるような工夫は全くなされていません。これでは情報公開がネガティブに作用するだけで、放射能汚染に対する人々の恐怖や不安をますます煽るように感じています。」

その上で山崎氏は次のように話した。

「情報発信のサイトを一元化し、ワンクリックで目的情報にたどり着けるようにするとともに、モニタリングデータに変化が観察された際にはその原因と対策を丁寧に説明する必要があると思います。」

勿論、メディアはデータを確認した上で報じているのだろうが、一般の読者、視聴者は政府の言っていることを鵜呑みにさせられている感が強い。それでは「安全」を確認したことにはならない。「安全」か否かの議論をする前に、その前提となるデータを私たちが確認できる情報開示が必要だろう。

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