
ウクライナの現地から報告を続けてくれたジャーナリストの新田義貴氏が今度は戦乱のレバノンに入った。イスラエルによる攻撃が続くバーレーンは今どんな状況なのか。少しでも多くの人に知ってもらいたいという新田氏の思いを、取材メモそのままで伝える新連載がスタート。(取材・写真/新田義貴)
イスラエルと米国がイランを攻撃し、世界の注目がホルムズ海峡封鎖の行方に集まる中、その陰で最も多くの犠牲を払っている国がある。それがレバノンだ。イスラエルはなぜレバノンを攻撃しているのか?現地ではいったい何が起きているのか?今回の戦争では“脇役”に追いやられているレバノンという国と、そこを拠点にイスラエルに激しい抵抗を繰り広げているヒズボラという組織に強い関心を持った僕は、現地に取材に入ることに決めた。
予算は今回も基本的には自己資金。現地で撮影したものを日本のメディアに売り込むことで資金を回収する計画。物価が日本以上に高いレバノンでは、滞在は2週間がぎりぎりだ。
これまでレバノン取材の経験のない僕は、今回も先輩ジャーナリストの遠藤正雄さんに声をかける。アフガニスタンやイラク、ウクライナで長年行動を共にしてきた。レバノン内戦が始まってすぐの1978年から幾度となく現地で取材を重ねてきたその経験を学びたいと考えた。ご本人は現在71歳ですでに引退を公言されているが、自分にはどうしてももういちど、遠藤さんと取材に出かけたいという強い思いがあった。無理を言って同行をお願いした。

5月23日、遠藤さんが日本を出発。僕は3日遅れの26日に出発。
僕らのような大手メディアに所属してないフリーランスがレバノン情報省の取材許可証を取得するためには、いろいろと手を尽くさねばならず、そのために遠藤さんには先乗りしてもらう。
今回もまた前線近くで取材を行うために、防弾ベストとヘルメットを持参する必要があるとのこと。ウクライナでも1回目は持参したが、2回目3回目は「国境なき記者団」が無料レンタルを行っていたため、大変助かった。しかしレバノンではそのようなサービスはないという。
現地で入手するのは困難とのこと。そこで今回は遠藤さんが使用していた防弾ベストを格安で譲ってもらう。ヘルメットは遠藤さんの友人から。いずれも出発前に自宅に送ってもらった。スーツケースに防弾ベストとヘルメットを入れると、ほとんどスペースが埋まってしまい、ウクライナ取材の際は通常使用している三脚を持って行くことができなかった。戦争開始当初はまだ冬で、衣服がかさんだからだ。しかし今回は初夏。服をTシャツなど最低限にすることで、なんとか三脚を分解して入れることができた。
26日午前0時5分羽田発のエミレーツ航空313便。ドバイで乗り継ぎ。通常であればペルシャ湾上空を飛行するはずが、戦争の影響で内陸のルートを取っているのがフライトマップでわかる。
14時過ぎ(現地時間)に無事ベイルート空港に到着。空港に遠藤さんと通訳のアッバスが迎えに来てくれる。そのまま情報省に直行。担当部署の部屋に入ると、知己の日本人ジャーナリストとばったり遭遇。他にもやはり友人の2名の日本人ジャーナリストがレバノン取材で入っていることを知る。

紛争地の現場ではジャーナリスト同士はライバルでもあるが、命の危険があるからこそ、いろいろ情報を交換し助け合うことも重要だ。タイミング合えば一緒に食事でもすることを約束して別れる。
取材許可証は、遠藤さんがいろいろと手を尽くしてくれたおかげでなんとかスムーズに取得することができた。許可証といっても、普通のコピー用紙に手書きの文字が並び、スタンプが押してあるだけの質素なものだ。しかしこれがなければ何も始まらない。これからあらゆるシチュエーションでこの紙が自分たちの取材を助けてくれるだろう。
これで明日から撮影を始められる。しかし、イスラエル軍が地上侵攻し、ヒズボラと激しい戦闘を繰り広げている南レバノンに入るためには、これとは別にレバノン軍の許可が必要だ。すぐに取材許可証の画像やパスポートコピー、プレスカードなどを軍の所定のメールアドレスに送り、手数料ひとり50ドルを振り込み、その控えも送る。
夜、遠藤さんとふたりで明日以降の予定や南レバノンの最新の情勢などを綿密に打ち合わせる。ホテルの部屋に帰ると時差ぼけもあってか目がほとんど開かなくなり、最低限のメール連絡などをして、すぐに深い眠りについた。
(つづく)
(編集長追記)
新田氏との付き合いはもう20年くらいになるでしょうか。現在はともにNHKを離れてそれぞれで活動を続けていますが、常に紛争地帯に身を置く新田氏には敬意を表します。今回も、取材メモにこだわって頂いたのは、現地の雰囲気は美しい言葉で伝えるべきでなく、取材者の書き記した、或いは書きなぐった言葉でしか伝わらないと考えるからです。レバノンは極めて危険な状況であることが容易に推測されます。新田氏、遠藤氏の無事を願いつつ、取材メモをInFactに掲載させて頂きます。

