PCR検査では新型コロナ以外の風邪も検出し、陽性反応を示すから、新型コロナの検査にならない、と主張する動画が配信され、拡散しているが、それは誤りだ。(安藤未希)
なお、本記事に関して、ネット番組で事実と異なる指摘がなされていたため、訂正の申し入れをしています。これについては、別途お知らせ記事を掲載しました。(ファクトチェック部門編集長 楊井人文、2020/7/10)
チェック対象 PCR検査というのは新型コロナの検査にはならないんですよ。(0:16) (中略)PCR検査というのは武漢風邪も検出するし、普通の風邪も検出すると。両方とも陽性となると。だからPCRが陽性だといって武漢風邪とは限りませんよって。(6:07) (武田邦彦氏の公式ブログ、2020年4月16日に投稿されたYouTube動画より) |
結論 【誤り】PCR検査は新型コロナウイルスに特有の遺伝子情報(RNA配列)をもとに行われるため、普通の風邪のコロナウイルスを検出することはなく、新型コロナ感染者のみを陽性と判断することができる。 |
検証
これは中部大学教授の武田邦彦氏がYouTubeに4月15日ごろに投稿したもの。同一内容の音声がコピーされた動画は7万5千回以上再生され、1,200以上の高評価を獲得している。
武田氏の主張は、新型コロナウイルスと普通の風邪の原因となるコロナウイルスの遺伝子は似ているため、遺伝子検査であるPCR検査ではどちらでも陽性反応が出る。したがって、PCR検査は新型コロナの検査として意味がないというものだ。だが、PCR検査で風邪のコロナウイルスを検出するとの主張を裏付ける根拠は、武田氏の約12分間の動画の中では示されていない。
まず、コロナウイルスについて確認する。ヒトに感染するコロナウイルスはこれまで6種類確認されており、4種類は一般的な風邪を引き起こすウイルス、2種類はより深刻な症状を引き起こすSARSコロナウイルス、MERSコロナウイルスである(国立感染症研究所)。今回新型コロナを引き起こすウイルス2019-nCoVは7つ目のコロナウイルスと言われている。
次に、PCR検査とは何か。大阪大学微生物病研究所は、新型コロナウイルスの検査について次のように説明している。
検出方法
現在、コロナウイルスにはインフルエンザのように数分で検出できるようなキットはありません。
中国の研究グループが発表したコロナウイルスの遺伝子配列情報をもとに、コロナウイルスの遺伝子だけを増幅させる検出法(Polymerase Chain Reaction法: PCR法)によりウイルスを検出します。対象者のサンプルでPCR法を行い、コロナウイルスがいれば遺伝子が検出されます。
(大阪大学微生物病研究所)
ウイルス検出法
Polymerase Chain Reaction法(PCR法)という、遺伝子を増幅する方法を使い、ウイルスの遺伝子を増殖して検出しています。
(中略)
まず一本のDNAをもとに、DNAを複製します。さらに、複製された2本のDNAをそれぞれ複製します。これを繰り返すことで、2本が4本、4本が8本、、、と倍々にDNAが増幅されます。患者さんの検体に含まれるウイルスの遺伝子量では検出できませんが、このPCR法で増幅することにより検出できるようになります。
PCR法には、ウイルスの遺伝子配列情報をもとに人工的に合成した短いDNA断片(プライマー)が必要です。今回は中国の研究グループが発表した新型コロナウイルスの遺伝子配列をもとにこのDNA断片を合成しています。
(大阪大学微生物病研究所)
つまり、新型コロナウイルスの遺伝子情報(RNA配列)は、中国の研究グループによって既に解析済みで公開されており、それに基づいてPCR検査は行われている。
世界有数の医療研究所である米NIHの峰宗太郎医師は、4月21日にYahoo!ニュース個人に次のように書いている。
(新型コロナウイルスの)ゲノム情報は非常に早く解読・解析がなされ、2020年1月には、Global Initiative on Sharing All Influenza Data(GISAID)というデータベースサイトにて公開されました。その後、GenBankなどの他のデータベースにも登録がなされています。
(峰宗太郎氏、Yahoo!ニュース個人「どんなウイルスで、どのように感染するのか? 新型コロナウイルスのそもそも論)
国立感染症研究所の検査マニュアル(3月19日版)には、「新型コロナウイルス(2019-nCoV)の遺伝子領域2か所、open reading flame 1a (ORF1a)および spike (S) を特異的に検出する」と書かれている。PCR検査は新型コロナウイルスに特徴的な遺伝子で検出するように設計されているということだ。
念のため、厚生労働省に確認した。新型コロナウイルス対策本部課長補佐の加藤拓馬氏は次のように話した。
新型コロナウイルスについては既に解析は行われており、そのデータがPCR検査に組み込まれているため、それ以外のコロナウイルスを間違えて検知するということは無いと言って良いでしょう。
つまり、新型コロナウイルスと他のコロナウイルスとではRNAの配列が異なることから、PCR検査でそれを混同することは無いという説明だ。
また、新型コロナのRNA配列は変異することもあるということだが、その情報収集を常に行っており、変異情報に合わせてPCR検査キットをセッティングするということだった。
検体に新型コロナウイルスが付着しなかった時、もしくはPCR検査時にヒューマンエラーによってPCR検査に用いる薬品が混ざった場合には、新型コロナ陽性者であっても陰性と判定される偽陰性のケースがあることに言及し、PCR検査は完璧ではないことを付け加えた。
東京大学保健センターも新型コロナウイルスの検査の正確性について解説した記事で「PCR法では検体採取や検体保存の条件などで偽陽性(本当は新型コロナウイルス感染症で無いのに、陽性と出てしまう)、偽陰性(本当は新型コロナウイルス感染症であるのに、陰性と出てしまう)が起こりえます」と指摘している。
しかし、PCR検査が新型コロナウイルスと他のコロナウイルスを区別なく検出してしまうということを意味するわけではない。
結論
以上から、PCR検査は新型コロナウイルスに特徴的な遺伝子情報に基づき検出できるようになっており、その他のコロナウイルスも検出されるという武田氏の主張には根拠が示されていないから、「誤り」と判定した。
※INFACTは、FIJの新型コロナのファクトチェック国際協力プロジェクトに参加している。このプロジェクトは日本財団などの支援を得て、各国のファクトチェック団体と協力して、海外の拡散した新型コロナに関する情報の検証も行っている。この記事の調査には、FIJのリサーチャーである藤直哉氏、八木風香氏が協力した。
(冒頭写真は、武田邦彦氏の公式ブログに掲載されたYoutube動画より)