米紙ニューヨークタイムズが「PCR検査陽性の9割は誤診だった」と報じたかのような情報が拡散している。同紙の記事を曲解したアメリカのブログサイトやニュース動画から日本に伝わったものだが、実際の記事にはそのようなことは書かれていなかった。(大船怜)
ニューヨーク・タイムズ紙「PCR検査陽性の9割は誤診だった」 「PCR検査がコロナ感染を検出する為のゴールドスタンダードだと騙した詐欺は、史上最大の詐欺の1つ」
(2020年9月11日、Twitter投稿)
【誤り】 ニューヨークタイムズでは、アメリカのPCR検査は精度が高すぎるため、ウイルス量が少なく隔離などの処置の必要がない人が多数含まれる可能性があると報じたに過ぎず、「9割が誤診」とは書いていない。
本ツイートが引用しているのは「RedState」というアメリカの保守系ブログサイトの9月3日付記事(キャッシュ)。現在は書き換えられているが、当初のタイトルは「ニューヨークタイムズがコロナウイルス陽性の最大90%が誤診と発表!事実はもっと悪い!」というものだった(冒頭写真)。
RedStateが根拠としたのが、8月29日付のニューヨークタイムズの記事だった。この記事には本当に「PCR検査陽性の9割は誤診だった」などと書かれているのか、検証した(以下、ニューヨークタイムズを「NYT」と表記)。
NYTの報道内容
NYTの記事は、要約すると次のような内容である(強調は筆者)。
いま標準的に使われているPCR検査は、比較的少量のウイルスしか保有しない人を大勢陽性と診断しているかもしれない。人に感染させる可能性が低いこうした患者の特定がボトルネックとなることで、感染力のある人の発見を遅らせるかもしれない。
新型コロナウイルスのPCR検査は陽性かどうかしか判定しない。ウイルスを検出するのにどのくらい増幅させる必要があったのかのデータ(Ct値)は提供されない。
Ct値が提供されているマサチューセッツ州、ニューヨーク州、ネバダ州のデータをNYTが検証したところ、最大で陽性者の90%がごくわずかなウイルスしか保有していなかった。これを全米に当てはめると、4.5万人の陽性者のうち4500人しか隔離の必要は無いということになる。
今のCt値40(または37)は多すぎるので30程度に減らすべきだ。ニューヨーク州のラボではCt値40で872人が陽性だった。35にすれば43%、30なら63%は陽性ではなくなる。マサチューセッツでは、30にすれば85~90%が陰性になる。
精密すぎる検査をやめて、検査回数を増やす方が効率的だ。
その後、記事を執筆したApoorva Mandavilli記者はTwitterで以下のように連続投稿し、記事の趣旨を補足している。
PCRの記事を曲解し、だからアメリカの感染者数は少ないのだと思っている人へ。全く違います。PCRで陽性だった人は確かに感染していますが、他の人に感染させないかもしれないということです。
なので、このことがアメリカの感染者数が他国より多くなっている理由ではありません。数字が多いのは他国より感染者が多いからです。
高いCt値で陽性になった人は過去のある時点で確かに感染力がありました。(※筆者注:陽性が出た時点では)すでに感染力がなくなっているということです。彼らが感染していなかったという意味ではないので、数字には影響しません。
このように、NYTは「陽性者の最大90%はごくわずかなウイルスしか保有していなかった」と報じたに過ぎない。ウイルス量が少ないと他人に感染させる可能性が低く、隔離などの処置の必要性も少ないため、このような患者を高い精度で発見しようとするのは非効率的という主張だ。しかし、ウイルス量が少なくても感染していることには間違い無く、陽性が「誤診」だと述べているわけではない。
「9割」というのも、NYTが検証したうちの1つの州(マサチューセッツ州)に限った話で、あくまで最大値である。(この点に関しては、1つの州で出た最大値を全米の感染者数に演繹させたNYT記事の論法も適切とは言えない。)
類似の動画も拡散 医療系ファクトチェックサイトが検証
Redstateと同様にNYTの記事を取り上げたOAN(One America News Network)というケーブルTVのニュース動画も、「ニューヨーク・タイムズ PCR検査を受けた人の最大9割が誤診と報道」という見出しや日本語字幕入りで拡散された。
RedStateやOANの言説については、Health Feedbackが検証している。国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)加盟団体のScience Feedbackが運営する、医療系専門のファクトチェックサイトだ。
Health Feedbackでは、「新型コロナの患者数はPCR検査の感度のせいで上がっている。陽性の90%は本来陰性であるべきだ」との言説を「誤った論証」(FLAWED REASONING)と判定。これは、5段階で最も信頼性が低いとするレーティングの1つである。
検証のポイント(KEY TAKE AWAY)には、次のように書かれている。
感染した(infected)人と感染力がある(contagious)人を区別するのが重要だ。感度の高いPCR検査では、回復途中の患者など、ごくわずかあるいは不活性化したウイルスしか保有していない人でも陽性になる可能性がある。したがって、ウイルス量の情報が無い陽性結果では、感染者が自己隔離をするべきか、接触履歴をたどるべきかを判断するには実用的でない。陽性結果ではその人が感染力があるかは分からないが、その人が感染しているかは確認できる。なので、陽性が出た人を新型コロナの患者数に数えるのは適切である。
他に、PCR検査の仕組みやCt値についても詳しく解説されているので参照されたい。
元の記事は撤回
RedState記事には現在、以下の注が追加されている(記事の削除はされていない)。
編集者注:精査の結果、我々はこの記事を撤回することにしました。Health FeedbackによるこのNew York Times記事に関する解釈を考慮し、本記事は誤り/ミスリーディングと判定されました。読者にご不便をおかけしたことは遺憾です。
ダイヤモンド・オンラインでも誤った説明(10月7日追記)
ダイヤモンド・オンラインは10月7日、「新型コロナ感染者数『大幅水増し』疑惑報道は本当か」と題する記事(ジャーナリストの岡田幹治氏執筆)を公開。この中で、「『PCR検査で陽性と判定された人のうち、最大90%の人は感染していないと推定される』(ニューヨークタイムズ=NYT、8月29日)」「米国で陽性とされた人たちのうち最大で90%は非感染者だろうと結論づけている。」などと書かれているが、上述の通り誤った説明である。
また、NYT記事の見出しが「検査で陽性でも、本当は違うかもしれない」と訳されているのも適切ではない。実際の見出し(Your Coronavirus Test Is Positive. Maybe It Shouldn’t Be.)は、「検査で陽性でも、それは陽性とするべきではなかったかもしれない」といった意味。元々の表現自体がセンセーショナルで誤解を招いている面もあるが、本文の内容と照らし合わせれば「陽性とするべきではなかった」のは感染していないからではなく、他の人に感染させる可能性の低い人に不要な処置をすることになるからだと分かる。
結論
ニューヨークタイムズは、ウイルス量がごくわずかな人も陽性に含まれていると報じたが、それは感染していないということではなく、「誤診」にはあたらない。「9割」というのも、ある1州のみの結果に過ぎない。よって、対象言説は「誤り」と判定した。