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[コロナの時代]ファクトチェック: 専門家会議副座長の発言「PCR検査が多い国の方が死亡数が多い」は不正確

[コロナの時代]ファクトチェック: 専門家会議副座長の発言「PCR検査が多い国の方が死亡数が多い」は不正確

政府の新型コロナウイルス対策の「顔」とも言える専門家会議の尾身茂副座長が5月4日の記者会見で、日本のPCR検査数の少なさを認めた際に、「PCR検査が多い国の方が死亡数が多い」と発言した。しかし尾身氏の発言は極めて一部分の話で、不正確なものだった。(立岩陽一郎)

チェック対象
これは、いい悪いじゃなくて、まあいいですね、PCR検査の数に、実はたくさんやってる検査が多い国の方が死亡数が多いという。そのことで私は何も判断はしてませんけども、事実としてはそういうこともあって、まあそういう日本の場合には死亡数が少ない・・・
(政府専門家会議副座長・尾身茂氏、2020年5月4日
結論
【不正確】総数、人口当たりで検査数、死者数を比較分析したが、いずれにおいても「PCR検査が多い国の方が死亡数が多い」という指摘とは異なるケースがあることが確認された。逆に、尾身氏の発言を裏付ける資料を見つけることはできなかった。

検証

この言説は5月4日に開かれた専門家会議の記者会で尾身茂副座長が発言したもの。尾身氏は、PCR検査数や新型コロナウイルスによる死亡者数などを記した統計データを表示しながら語ったが、その根拠となる直接的な統計データや論文は示されていなかった。

そこで、この調査においては死者数の多い国の方がPCR検査数が多いという事実が実際に確認できるか否かについて検証した。その際、会見資料用の図表として尾身氏が使っていたオックスフォード大学チームの運営する統計データサイトOur World in Dataのデータ(4月29日)を用いることとした。比較対象国は、韓国、台湾、イギリス、アメリカ、イタリア、シンガポール、フランス、日本、ドイツの9カ国とした。中国については数字そのものに疑義もあるので検証の対象に入れていなかった。

まず、人口あたりの検査数と死亡者数で各国の状況を比較した(表1)。これは、尾身氏自身が会見でPCR検査数についての日本の不十分さを説明する際に「人口あたりの検査数」に言及していることによる。それに合わせて新型コロナウイルス死亡者数も、人口あたりの数を用いる。

イタリアは人口当たりの検査数と死亡者数が両方とも多く、これは尾身氏の発言を裏付けるものとなっている。ところが、次いで人口当たりの検査数が多いドイツについて見ると、人口当たりの死亡者数は検査数で下回るイギリス、フランス、アメリカよりも少ない。つまり、「PCR検査数が多い方が死亡者が少ない」とは必ずしも言えないことがわかる。

【表1】新型コロナウイルス感染症 人口あたりの検査数と死亡者数の比較 (4月29日時点)
検査数(1000人あたり) 死者数(100万人あたり)
1 イタリア 31.6 イタリア 452.5
2 ドイツ 29.1 イギリス 372.71
3 アメリカ 18.21 フランス 362.48
4 シンガポール 17.08 アメリカ 176.3
5 韓国 11.98 ドイツ 72.98
6 フランス 11.1 韓国 4.8
7 イギリス 9.32 日本 3.08
8 台湾 2.64 シンガポール 2.39
9 日本 1.3 台湾 0.25
4月29日現在のデータ、Our World in Dataより)

日本も見てみたい。日本よりも人口当たりの死亡者数の少ないシンガポールと台湾だが、いずれも人口当たりの検査数は日本を上回っている。また人口当たりの死亡者数が4.8と、日本の3.08とあまり変わらない韓国だが、検査数は日本の10倍以上の多さとなっている。

この結果について、検査数を棒グラフに、死者数を折れ線グラフにすると以下のようになる(グラフ1)。尾身氏の発言が正しければ、棒グラフと折れ線グラフは相似性を示すはずだ。もちろん、イタリアのように尾身氏の発言を裏付けるケースもある。しかし、それ以外は棒グラフと折れ線グラフが一致していない。つまり、尾身氏の発言を裏付ける結果とはなっていないことが確認できる。

では、総数で検証した場合、尾身氏の発言を裏付ける結果が得られるのだろうか。そこで、人口差を考慮しない総検査数と総死亡数の比較をした。人口差を考慮しないため、人口あたりの検査数や死亡数ではイタリア、イギリス、フランスよりも少ないアメリカが、検査数、死亡者数ともに必然的に飛びぬけた存在となる。

【表2】新型コロナウイルス感染症 検査数と死亡者数の比較 (4月29日時点)
総検査数 総死者数
1 アメリカ 6,030,000 アメリカ 58,355
2 ドイツ 2,440,000 イタリア 27,359
3 イタリア 1,910,000 イギリス 25,302
4 フランス 724,574(*1) フランス 23,660
5 イギリス 632,794 ドイツ 6,115
6 韓国 614,197 日本 389
7 日本 164,255 韓国 246
8 シンガポール 99,929(*2) シンガポール 14
9 台湾 62,844 台湾 6
4月29日現在のデータ、Our World in Dataより。ただし、*1は4月28日、*2は4月27日のデータ)

国の規模を加味しない総検査数と総死亡者数で見た場合、アメリカとイタリア・フランス・イギリスまたは日本とシンガポール・台湾の相対的比較において尾身氏の発言を裏付ける関連性があるように見える。

しかしながら、それも一部にとどまる。検査を多く実施したドイツでの死者数は、PCR検査数のより少ないイタリア・フランス・イギリスの死者数よりも少ない。イギリスとフランスを比較すると、検査数でフランスが上回るものの、死亡者数ではイギリスが上回っている。さらに、日本と韓国との比較でも、検査数の多い韓国の方が総死亡者数で下回っている。

このほかにも、総検査数と人口当たりの死亡者数、総検査数及び人口当たりの検査数と致死率も検証してみたが、いずれのケースでも、尾身氏の発言を裏付ける結果は得られなかった。

結論

尾身氏の指摘した「検査数が多い」「死亡数が多い」という文言が曖昧であり、何を指してるのかわかりにくいため、できる限り様々な方法で比較検証したが、総数、人口当たりのいずれにおいても、「PCR検査が多い国の方が死亡数が多い」という指摘とは異なるケースがあることが確認された。逆に、尾身氏の発言を裏付ける資料を見つけることはできなかった。会見の文脈により意図するところであると予想される統計データを用いて比較してもPCR検査数と新型コロナウイルス死亡者数の相関性は強くない。よって、尾身氏の発言内容は「不正確」と判定した。

※INFACTは、FIJの新型コロナのファクトチェック国際協力プロジェクトに参加している。このプロジェクトは日本財団などの支援を得て、各国のファクトチェック団体と協力して、海外の拡散した新型コロナに関する情報の検証も行っている。この記事の調査(表・グラフの作成)は、FIJのリサーチャーである藤本結月氏が協力した。

(冒頭写真は、5月4日の政府専門家会議の記者会見で語る尾身茂副座長。THE PAGEの中継動画からのスクリーンショット)

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